松本研(学習院大学):1円玉の約140分の1の振り子で、「重力は量子なのか」という物理の大きな謎に挑む研究室

大学の実験室で、ピンセットの先から細い糸で吊るした小さな丸い鏡を、目を見開いて見つめる男子大学院生。「重さ7mgの振り子で」「重力は量子なのか」「まだ誰も知らない」の文字。

物を落とすと下に落ちる。地球が月を引っぱる。重力は、私たちにいちばん身近な力です。ところが、その重力について、物理学者たちがまだ誰も答えを知らない問いがあります。「重力は、量子の性質を持っているのか」という問いです。

この問いに、重さ7ミリグラムの小さな振り子で近づこうとしているのが、学習院大学 理学部 物理学科の松本伸之先生(准教授)の研究室です。今回は、答えが出るのはまだ先の、物理の最前線の研究を紹介します。物理が好きな人、「大学の研究ってどんなもの?」と思っている人に読んでほしい記事です。

目次

ひとことで言うと、何の研究?

理科室で、手から離した鉛筆と消しゴムが落ちていくのを見つめ、首をかしげる館山中の女子。「重力って、何?」の文字。

松本研究室の研究をひとことで言うと、重力波望遠鏡の技術を使って、ミリグラムほどの小さな振り子の揺れを、量子のルールが見えるところまで静かにし、測る研究です。

言葉中学生向けに言うと
量子原子や電子のようなとても小さなものの世界のルール。「どうやっても消せない揺れ」があるなど、ふだんの感覚とちがうことが起こる
重力重さのあるもの同士が引き合う力
懸架鏡けんかきょう細い糸で吊るした小さな鏡。つまり振り子。この研究の主役
重力波望遠鏡宇宙から届く、空間のごくわずかな揺れ(重力波)を、レーザーと吊るした鏡でとらえる装置
量子もつれ2つの物の状態が、離れていても切り離せない形で結びつく、量子だけのふしぎなつながり

出典:学習院大学 松本研究室「研究紹介」。中学生向けの言い方は坂本が言い換えた

実験で使っている鏡の重さは7mg(ミリグラム)。1円玉が1g(1000mg)なので、1円玉の約140分の1です。2019年の発表では、直径3mm、厚さ0.5mmの鏡を、太さ1000分の1mmの石英(ガラスの仲間)の糸で吊るしていました。

出典:科学技術振興機構(JST)プレスリリース(2019年2月20日)。1円玉の重さは通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律施行令

なぜ「重力」だけ、分からないのか

図解。2019年時点の記録「量子の性質が確かめられた いちばん重い物 40ng」と「出す重力が測られた いちばん軽い物 90g」の間に大きなすき間があり、真ん中に「7mg」の振り子。「量子と重力の間に、大きなすき間」の文字。

自然界の基本的な力は、重力、電気や磁石の力(電磁気力)、原子核の中などで働く2つの力(強い力・弱い力)の、全部で4つです。このうち重力以外の3つは、量子のルールに従うことが分かっています。重力だけが、まだ分かっていません。

分からない理由の1つは、2つの実験の「重さ」が離れすぎていることです。

実験これまでの記録(2019年の時点)
量子の性質が確かめられた、いちばん重い物40ng(ナノグラム。1gの2500万分の1)
出す重力が測られた、いちばん軽い物90g

出典:JST プレスリリース(2019年2月20日)

量子の実験は重い物ほど難しく、重力の実験は軽い物ほど難しい。2019年の時点で、その差は約22億倍。JSTの説明の言葉では「10桁もの隔たり」がありました。両方を同じ物でできれば、「重力は量子か」を確かめる道が開けます。その真ん中、ミリグラムの物を狙っているのが松本研究室です。

坂本

量子は「小さい物の話」、重力は「大きい物の話」。その2つが出会う場所を、机の上の実験で作ろうとしているわけです。

7mgの振り子で、すき間を埋めにいく

大学の実験室で、大きな円筒形の金属の真空容器の丸窓から、中に吊るされた小さな鏡をのぞきこみ、息をつめて集中する女子大学院生。

松本先生は、2021年に学習院大学に来る前、東北大学で研究していました。その時代からの成果を並べます。

年できたこと
2019年7mgの鏡の揺れを、1兆分の1cm(10-14m)ほどの細かさで読み取る装置を作った。100mgの物が数mm先で動いたときの重力の変化をとらえられる性能
2020年石英の細い糸を鏡にレーザーで溶接して、発表の当時、実験室サイズの振り子としては、揺れのエネルギーが世界でいちばん失われにくい振り子を作った。それまで量子の実験に使われた物より5桁重い物で、量子の実験ができる見通しが立った
2020〜2023年ミリグラムの振り子の位置の揺れを、量子のルールで決まる「どうやっても消せない揺れ」の36倍ほどまで小さくした(慶應義塾大学と共同)(論文を公開)

出典:JST プレスリリース(2019年2月20日、2020年6月5日)、論文:Matsumoto ほか, Physical Review Letters(2019年)、Cataño-Lopez ほか, Physical Review Letters(2020年)、Santiago-Condori ほか, arXiv(2020年公開・2023年更新)

36倍は、まだ量子の世界そのものではありません。研究室は、これを「巨視的量子力学分野の創成に向けた第一歩」(巨視的量子力学=目に見える大きさの物の量子力学)と書いています。研究室のホームページにも、吊るした鏡の量子の現象は「未だに観測されたことはありません」とあります。ここから先が、まさに今の研究です。

出典:学習院大学 松本研究室「ホーム」(2023年11月16日のお知らせ)、「研究紹介」

研究室が「振り子」を使う理由

研究室のホームページには、こう書いてあります。「驚くべきことに、世界で最もエネルギー散逸の小さな(実験で利用されている)物体は、実は振り子です」。揺れのエネルギーが逃げにくい物ほど、まわりの熱による細かい揺れ(ブラウン運動)が小さくなり、量子のかすかな揺れが見えやすくなります。重力波望遠鏡の鏡も、吊るされた振り子です。

出典:学習院大学 松本研究室「研究紹介」、JST プレスリリース(2019年2月20日)

予想クイズ:この振り子、どれくらい揺れ続ける?

夕方の海の見える公園で、だれも乗っていないのに揺れるブランコの横で、あごに手を当てて考えこむ翔凜高の女子。「どれくらい揺れ続ける?」の文字。

2026年8月、松本研究室は新しい7mgの振り子の結果を論文で公開しました。この振り子は1秒に2.6回ほど揺れます。では、真空の中で一度揺らすと、揺れのエネルギーが最初の3分の1ほどに減るまで、どれくらいかかるでしょう?

  1. 約5秒
  2. 約5分
  3. 約5時間
  4. 約5日

まず自分で考えてから、下の答えを開いてください。

答えと考え方

答えは 4. 約5日です。

論文には、この振り子のエネルギーが約37%(およそ3分の1)に減るまでの時間が、約122時間(およそ5日)と書かれています。その間に、振り子は100万回以上揺れます。

研究室の説明では、これは「ミリグラムスケールの鏡で初のナノヘルツオーダーの線幅」で、2つの鏡の間に量子もつれを作るのに必要な条件の1つ(揺れの静かさ)を上回ったそうです。

出典:Sawada ほか「Nanohertz Pendulum toward Macroscopic Entanglement under Structural Damping」arXiv(2026年8月)、学習院大学 松本研究室「ホーム」(2026年8月4日のお知らせ)

坂本

1秒に2回以上揺れる振り子が、5日たってもまだ揺れている。それくらい「静か」でないと、量子の揺れは見えてこないんです。

2026年、「量子もつれ」への準備が進む

夜の大学の実験室で、レーザー用の保護めがねをかけ、たくさんの鏡やレンズが並ぶ台の前で、唇をかんで部品を見つめる男子大学院生。

最近の発表をまとめます。どれも「重力は量子か」を確かめるための準備の段階です。

発表中身段階
2025年7月宇宙に浮かべた2つの重り(kg級)の間で、重力が量子もつれを生むかを確かめる装置の設計を提案提案
2026年7月振り子の量子の状態を、測った結果から正しく見積もる方法を作り、ミリグラムの鏡で確かめた論文を公開
2026年8月7mgの振り子で、量子もつれに必要な条件の1つ(揺れの静かさ)を上回った論文を公開

出典:Matsumoto ほか, arXiv(2025年7月)、Sakai・Matsumoto, arXiv(2026年7月)、Sawada ほか, arXiv(2026年8月)、学習院大学 松本研究室「ホーム」

なぜ「量子もつれ」なのか。2つの重りの間に、重力だけで量子もつれが生まれれば、重力が量子の性質を持つ証拠になると考えられているからです。

出典:JST プレスリリース(2019年2月20日)、Matsumoto ほか, arXiv(2025年7月)

「論文を公開」は、専門家の審査を受ける前の段階で、論文を誰でも読める場所(arXiv)に公開したという意味です。そして、ミリグラムの鏡の量子もつれも、重力の量子性も、まだ誰も確かめていません。松本研究室の今の目標は、その手前の「量子もつれをミリグラムの鏡で作ること」です。

研究室のホームページには、学習院大学に来た2021年に、「これから35年間かけて研究を深化させる」と書かれています。何年もかけて少しずつ進む研究です。

出典:学習院大学 松本研究室「ホーム」

研究室の約束ごと

研究室の「運営方針」には、装置の多くは市販品では代わりがきかない手作りで、使い方のマニュアルも基本的にない、と書かれています。大事なのは「観察眼と論理的思考力」。「知ったかぶりはやめましょうね」「多くの場合は失敗するので停滞します」とも書かれていて、正直です。

出典:学習院大学 松本研究室「運営方針」

坂本

「意欲はあるけれど授業にはあまり参加してこなかった人にも活躍できるチャンスがあるはず」とも書いてあります。授業の成績だけでなく、手を動かす意欲も大事にされる世界があるのは、いい話だと思います。

この研究室に入るには

木の多い大学の石の門の前で、背筋を伸ばしてパンフレットを胸に抱え、まっすぐ前を見る安房高の男子。

松本研究室の入口は、学習院大学 理学部 物理学科です。キャンパスは東京・目白で、4年間ずっと同じキャンパスに通います。

大学学部・学科偏差値
学習院大学理学部 物理学科55.0

出典:河合塾「2027年度入試難易予想ランキング表」。偏差値は河合塾のボーダー偏差値

物理学科の4年生は、研究室に入って卒業研究をします。松本研究室には2025年度に7人の4年生が加わりました。過去の卒業研究には「低散逸振動子を用いた相対重力計の開発」(重力の変化を測る装置づくり)などがあります。

卒業生の進路も、研究者だけではありません。研究室のホームページには、東芝、トヨタ自動車、ANA、ソニー、気象台、埼玉県庁、中学校の先生、ほかの大学の大学院などが並んでいます。機械・電気・光をまとめて扱う研究なので、いろいろな道につながります。

出典:学習院大学 松本研究室「メンバー」「卒業研究」「ホーム」、学習院大学 理学部 物理学科「教員」

入試の数字だけでは見えない研究が、どの大学にもあります。重力波望遠鏡の技術を使って物理の大きな謎に挑む研究室も、その1つです。

中高生のうちにできること

夜の自分の部屋で、鉛筆から糸で吊るした5円玉の振り子を揺らし、ストップウォッチを手に、揺れを目で追って集中する安房高の女子。

振り子を作って、揺れる回数を数える

糸の先に5円玉を結び、10回揺れる時間をストップウォッチで測ってみてください。糸の長さを変えると時間は変わりますが、5円玉を2枚にしても、ほとんど変わりません。小学5年の理科で習う振り子です。そのまま放っておくと、何回揺れて止まるかも数えてみてください。松本研究室の振り子と比べると、すごさが分かります。

物理と数学を、両方

振り子の揺れも、レーザーも、量子も、物理と数学で書かれています。中学3年の理科「運動とエネルギー」が、この研究の入口です。

オープンキャンパスで物理学科を見る

学習院大学は、2026年10月24日(土)・25日(日)に秋のオープンキャンパスを開きます(事前登録制)。物理学科の内容があるかは、大学のホームページで確かめてください。

出典:河合塾 Kei-Net「学習院大学 大学からのお知らせ」

まとめ

夜、月が照らす館山の海を見下ろす高台で、月を見上げて小さくほほえむ志学館高の男子。
  • 松本研究室は、重力波望遠鏡の技術で、ミリグラムの振り子の量子の性質を調べる研究室
  • 自然界の4つの力のうち、量子かどうか分かっていないのは重力だけ。量子の実験と重力の実験の「重さのすき間」を、7mgの振り子で埋めにいく
  • 2026年には、量子もつれに必要な条件の1つ(揺れの静かさ)を上回る振り子の結果を公開した。ただし量子もつれも、重力の量子性も、まだ誰も確かめていない
  • 入口は学習院大学 理学部 物理学科(偏差値55.0)

東進館山校 坂本

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