発酵食品化学研究室(東京農業大学):くさやの漬け汁から、新しい種類とみられる菌。塩を加えると、作る物質の種類と量が変わった

大学の研究室で、茶色の液体が入った小さなガラスびんを胸の高さで持ち、首をかしげて見つめる白衣の男子大学院生。「くさやの漬け汁に」「抗生物質を作る菌」「塩で作る物が変化」の文字。

伊豆諸島の干物「くさや」。においの強さで知られていますが、実はもう1つ、カビが生えにくく、長持ちしやすいという特徴があります。

その理由を探ってきたのが、東京農業大学 醸造科学科の発酵食品化学研究室です。くさやを作るときの漬け汁「くさや汁」から、ほかの菌をおさえる物質を作る菌を取り出し、2026年には「塩を加えると、作る物質の種類と量が変わる」ことを発表しました。今回は、昔ながらの食べ物から新しい科学を掘り出す研究室を紹介します。

目次

ひとことで言うと、何の研究?

島の港のそばで、開いた魚が並ぶ干し網をのぞきこみ、首をかしげる館山中の女子。「なぜ長持ち?」の文字。

発酵食品化学研究室の研究をひとことで言うと、チーズ、お酢、くさやなどの発酵食品の中で、どんな微生物が、どんな成分を作っているかを調べる研究です。

研究室には、先生が3人います。

先生主なテーマ
石川森夫いしかわ もりお 教授いろいろな発酵食品の微生物と成分の関係。お酢を作る「酢酸菌」、熟成チーズ
鈴木敏弘すずき としひろ 准教授くさや・ふなずしなど魚の発酵食品。くさや汁の中の「放線菌」と、菌をおさえる物質
海野良輔 助教発酵食品の中の細菌と、香りや味の成分の関係

出典:東京農業大学 醸造科学科「発酵食品化学研究室」、東京農業大学 教員・研究情報(2026年10月閲覧)

この記事の中心の「くさや汁」の研究は、鈴木先生のグループが進めているものです。

チーズやお酢、なれずしの菌も

研究室の研究は、くさやだけではありません。

研究中身
熟成チーズチーズの中の菌と、香りや味の成分がどう関係しているかを調べる。ふつうの乳酸菌とちがい、塩が好きな「変わり者」の乳酸菌も追いかける
お酢お酢を作る「酢酸菌」が、お酢を作るしくみを調べる
においの成分発酵食品のにおいの成分を分析の機械で調べる。チーズだと30種類をこえる成分が見つかる
ふなずし魚の発酵食品「ふなずし」の微生物を調べる

出典:東京農業大学 醸造科学科「発酵食品化学研究室」(研究室トピックス、学生の主な研究テーマ、学生の声)

どの研究も、「おいしい」「長持ちする」「においがする」の裏で、どの微生物が何をしているかを調べるという点で共通しています。

同じ醸造科学科には、味噌・しょうゆを研究する「調味食品科学研究室」もあります。台所の調味料の話は、下の記事で。

くさや汁は、継ぎ足しながら受け継がれてきた漬け汁

図解。魚を開く→くさや汁につける→干す の3つの箱が矢印でつながり、くさや汁の箱から「継ぎ足して 使い続ける」の矢印が戻る。「くさやは、漬け汁が決め手」の文字。

くさやは、主に新島・大島・八丈島など伊豆諸島で作られてきた、300年以上の歴史がある食べ物です。開いた魚を「くさや汁」という塩の入った漬け汁につけてから、干して作ります。

ふつうの干物とちがうのは、このくさや汁を捨てずに、継ぎ足しながら長い間使い続けてきたことです。その間に、くさや汁の中にはたくさんの微生物がすみつき、発酵が進みます。あの独特のにおいも、微生物が作り出したものです。

鈴木先生によると、くさやは、ほかの干物に比べてカビや酵母、腐らせる細菌が生えにくく、長持ちしやすいそうです。「くさや汁には、微生物が作った抗生物質(ほかの微生物が増えるのをおさえる物質)が入っているのでは」とは昔から言われていましたが、どの菌がどんな物質を作っているのかは分かっていませんでした。

出典:鈴木敏弘「くさやから抗生物質!?その高い保存性の秘密」日本化学会 化学フェスタ 講演要旨(2024年)、鈴木敏弘 准教授の研究グループ、Journal of General and Applied Microbiology(2024年)

坂本

くさや汁は、島の作り手さんたちが長い間守ってきた「菌のすみか」です。においの正体も、長持ちの理由も、そこにいる微生物の仕事です。

島がちがうと、菌もにおいもちがう

研究室は、新島と八丈島のくさや汁をくらべました。すると、くさや汁にいる菌の顔ぶれは島ごとに大きくちがい、同じ島の中では、作る工程が進んでも菌の顔ぶれはほとんど変わりませんでした。におい成分も菌の顔ぶれと強く結びついていて、八丈島のくさや汁には硫黄をふくむ成分が、新島のくさや汁には別の種類の成分が多く見つかりました。

出典:鈴木敏弘 准教授の研究グループ、Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry(2023年オンライン掲載)

同じ「くさや」でも、島ごとに、その島の菌が作る味とにおいがある、ということです。

くさや汁から、菌をおさえる菌が見つかった

大学の研究室で、マスクと手袋をつけ、白っぽい点がいくつか育った透明な平皿を目の高さに持ち上げ、目を細めてじっと見る女子大学院生。

抗生物質は、微生物が作る、ほかの微生物が増えるのをおさえる物質です。その多くは、土の中などにいる「放線菌ほうせんきん」という細菌の仲間から見つかってきました。

出典:保坂毅「抗生物質ホルミシスの理解と応用」生物工学会誌 94巻7号(2016年)

鈴木先生たちは、くさや汁の中にも放線菌がいるのではないかと考えて、探しました。

年分かったこと
2023年くさや汁から放線菌を取り出した。この菌は、塩があると育ちやすく、菌をおさえる物質を作った
2024年八丈島のくさや汁から、抗生物質を作る放線菌を取り出した。いろいろなカビや細菌が増えるのをおさえる物質を作っていた。くさや汁そのものにも、菌をおさえる力があった
2026年くさや汁から取り出した菌が、新しい種類の放線菌である可能性が高いと分かった。塩を加えると、作る物質が変わり、量も増えた

出典:いずれも鈴木敏弘 准教授の研究グループの論文。Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry(2023年、くさやからの放線菌)、Journal of General and Applied Microbiology(2024年)、The Journal of Antibiotics(2026年)

2024年の論文は、「くさや汁に、微生物が作った抗生物質が入っていることを直接示した、初めての報告」としています。昔から言われてきたことに、実験で根拠を示したわけです。

塩を加えると、作る物質が変わった

図解。「塩なし」の箱から「カビの仲間をおさえる物質」へ、「塩あり」の箱から「黄色ブドウ球菌をおさえる物質も作る」へ矢印。「塩を加えると、作る物質が変わった」の文字。

2026年6月に発表された研究です。くさや汁から取り出した放線菌を、塩を入れない場合と、塩を入れた場合で育ててくらべました。

育て方作った物質
塩を入れないカビの仲間(真菌)をおさえる物質
塩を入れるそれに加えて、細菌の一種「黄色ブドウ球菌」をおさえる物質も作った

出典:東京農業大学 ニュースリリース(2026年6月22日)、鈴木敏弘 准教授の研究グループ「Salt-induced 7-deoxypactamycin and oligomycin production in Streptomyces sp. strain TUA-HK1GM isolated from kusaya gravy」The Journal of Antibiotics(2026年)

しかも、塩にさらす時間が長いほど作る量が増え、物質によっては最大で約32倍(もう1つの物質は約11倍)になりました。この菌は、近い種類の菌とちがって、濃い塩の中でも育つことができます。塩の多いくさや汁の中で暮らしてきた菌ならではの性質だと考えられます。

坂本

放線菌は、ふだんの育て方では眠ったままの「物質を作る力」を、たくさん持っていると考えられています。塩を加えるという簡単な方法でその力を引き出せるかもしれない、というのがこの研究のおもしろさです。

この研究は、広島大学、アメリカのオレゴン州立大学、八丈島のくさやの作り手との共同研究です。論文は、抗生物質の分野の専門誌『The Journal of Antibiotics』の注目論文にも選ばれました。

「くさやが薬になる」という話ではない

ここは大事なので、はっきり書いておきます。これは、研究室で菌を育てて、どんな物質を作るかを調べた段階の研究です。くさやを食べると病気が治る、という話ではありません。見つかった物質が人の薬になるかどうかも、まだ分かっていません。

大学の発表は、この成果が「今後の新規抗生物質探索」などに貢献することが期待される、としています。薬が効きにくい細菌が次々に出てきている今、新しい抗生物質は世界中で探されています。その手がかりが、伊豆諸島の伝統の漬け汁の中にあったかもしれない、ということです。

出典:東京農業大学 ニュースリリース(2026年6月22日)、保坂毅「抗生物質ホルミシスの理解と応用」生物工学会誌(2016年)

動画で見る

研究室の大学院生が作った、研究室の紹介動画です(20分37秒、2021年公開)。研究室の中の様子、研究のグループ、先生へのインタビューが入っています。放線菌の研究グループの紹介は、02分52秒からの「放線菌・生理活性物質グループ」です。

動画:東京農業大学(YouTube 公式チャンネル)「発酵食品化学研究室PR動画」。内容は2020年度のもので、先生の役職などは当時のものです

この研究室に入るには

入口は、東京農業大学 応用生物科学部 醸造科学科です。キャンパスは東京都世田谷区の世田谷キャンパスです。

大学学部・学科偏差値
東京農業大学応用生物科学部 醸造科学科50.0

出典:河合塾「2027年度入試難易予想ランキング表」。偏差値は河合塾のボーダー偏差値

醸造科学科では、1・2年生で有機化学・生化学・微生物学を学び、1年生で微生物の扱い方を実験で身につけます。3年生では日本酒やワイン、ビールを少しずつ造る実験があり、4年生で卒業研究に取り組みます。全国の醸造や食品の工場に2人1組で出かけ、14日間働きながら学ぶ実習も選べます。研究室紹介の動画は、3年生が研究室を選ぶときのために作られたものです(2020年度)。

出典:東京農業大学 醸造科学科「学科基本情報」(2026年)、研究室紹介動画の概要欄(2021年)

「醸造」と聞くとお酒だけを思い浮かべるかもしれませんが、大学は、卒業生が醸造・食品のメーカーのほか、環境や製薬の分野でも働いているとしています。くさやの研究から、抗生物質の研究にもつながるのが、この学科のおもしろいところです。

中高生のうちにできること

スーパーの干物の売り場で、魚の干物のパックを胸の高さで持ち、裏の表示をじっと読んで考えこむ安房高の女子。

干物の「長持ち」を考えてみる

スーパーの干物の売り場で、パックの表示を見てみてください。原材料、保存のしかた、賞味期限。干物は、魚を塩につけて干すことで長持ちさせる、昔からの知恵です。「なぜ塩と乾燥で長持ちするのか」を考えることが、この研究の入口です。

本で読んでみる

醸造科学科の先生たちが書いた『発酵・醸造の疑問50』(成山堂書店、2019年)は、発酵と醸造についての50の「なぜ?」に答える本です。鈴木先生と石川先生も、お酢や納豆、なれずしのところを書いています。

理科の「生物」と「化学」を、両方大事にする

この研究には、菌を育てる生物の力と、物質を見分ける化学の力の両方が必要です。理科で習う微生物のことや物質の性質は、どちらもこの研究の土台です。オープンキャンパスの日程は、東京農業大学のホームページで確かめてください。

まとめ

夕方の館山の海岸で、水平線の向こうを見ながら小さくほほえむ志学館高の男子。
  • 発酵食品化学研究室は、チーズ、お酢、くさやなどの中で、どの微生物が何を作っているかを調べる研究室
  • くさや汁から、抗生物質を作る放線菌を取り出し、くさや汁そのものに菌をおさえる力があることを確かめた
  • 2026年には、くさや汁の菌が新しい種類とみられ、塩を加えると、菌をおさえる物質の種類と量が変わることを発表した
  • これは菌を育てて調べた段階の研究で、くさやが薬になる、という話ではない
  • 入口は東京農業大学 応用生物科学部 醸造科学科(偏差値50.0)

東進館山校 坂本

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