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イルカは魚を食べる肉食の動物です。それなのに、胃の中の細菌を調べると、ある1つの仲間の細菌がたくさん見つかります。これまで、イルカの仲間のほかには、胃から見つかったという報告がなかった細菌です。
この細菌を取り出して育てることに成功し(先生の研究報告では「世界で初めて」)、新種として名前をつけたのが、日本大学 獣医学科の瀬川太雄先生です。今では、この細菌を使って、生物基礎の教科書に出てくる「ミトコンドリアは、もとは細菌だった」という説(細胞内共生説)の、研究計画で「最後の未解明過程」と呼んでいる部分に、実験で挑もうとしています。「獣医学科=動物のお医者さんになる勉強だけ」と思っている人に、読んでほしい記事です。

瀬川先生の研究をひとことで言うと、イルカやジンベエザメなど海の生き物の体の中にいる細菌を取り出して育て、その細菌と生き物が、どう助け合って暮らしているかを調べる研究です。
瀬川先生は、日本大学 生物資源科学部 獣医学科の専任講師です。研究室は「獣医衛生学研究室」で、伊藤琢也教授と瀬川先生の2人の先生がいます。研究室の説明会の案内では「海の生命の謎に迫る」とうたっています。
| 言葉 | 中学生向けに言うと |
|---|---|
| 共生 | ちがう種類の生き物が、いっしょに暮らすこと。おたがいに得をする関係もある |
| 新種 | まだ名前がついていない種類の生き物。調べて、論文で名前をつける |
| 培養 | 細菌などを、えさの入った液やゼリー(培地)の中で増やして育てること |
出典:瀬川太雄 researchmap(2026年10月閲覧)、日本大学 獣医衛生学研究室「所属メンバー」「TOPICS」(2026年9月更新)。中学生向けの言い方は坂本が言い換えた
研究室では、ほかにも、イルカやアザラシの体を守るしくみ(免疫)や、イルカの体の細胞を育てる研究も進めています。


イルカの胃の細菌を調べると、胃全体では約4割を「ウレアプラズマ」という仲間の細菌が占めていることが分かっています(胃の一番手前の部屋では、細菌の大半がこの仲間です)。ウレアプラズマは、人やイヌからも見つかっている細菌の仲間です。ところが、この研究報告の時点では、胃の中からウレアプラズマが見つかった動物は、イルカの仲間のほかには報告がありませんでした。
出典:瀬川太雄「イルカ類の胃から分離した新種ウレアプラズマ属細菌の機能解析」日本科学協会 笹川科学研究助成 研究報告
もう1つ、ふしぎなことがあります。イルカの胃はいくつかの部屋に分かれていて、その一番手前の部屋を「前胃」といいます。肉食なのに前胃を持っていて、この細菌が多いのは、その前胃です。
2016年にこのことが報告されてから、「イルカとこの細菌は助け合っているのでは」と考えられてきました。でも、それを確かめた人はいませんでした(研究室のホームページより)。
出典:日本大学 獣医衛生学研究室「瀬川助教がマダライルカの胃液から分離し,『Ureaplasma ceti』と命名した論文が…掲載されました」(2025年3月)

「いつも、いっぱいいる」のに「何をしているか分からない」。研究のタネは、こういう「なんで?」の中にあります。
イルカの胃にこの細菌がたくさんいることは、2016年には報告されていました。それなのに、この細菌がイルカの体で何をしているのかは、何年も「たぶんそうだろう」という予想のままでした。
いったい、何が壁になっていたのでしょうか。まず自分で考えてから、下の答えを開いてください。

答えは「細菌を取り出して、育てる(培養する)ことに、それまで誰も成功していなかったから」です。
DNAを調べれば「そこに、どんな細菌がいるか」は分かります。でも、その細菌が何を食べ、何を作り、相手の生き物に何をしているかを調べるには、生きた細菌を手元で増やす必要があります。
瀬川先生は2018年ごろから沖縄の研究機関といっしょに取り組み、何度も試したすえ、2020年に、自分で工夫した培地で育てることに成功しました。瀬川先生の研究報告は、これを「世界で初めて」としています。
出典:日本大学 獣医衛生学研究室(2025年3月)、瀬川太雄「イルカ類の胃から分離した新種ウレアプラズマ属細菌の機能解析」日本科学協会 研究報告
育てた細菌をくわしく調べると、これまでに知られているウレアプラズマとは大きくちがう、新しい種類だと分かりました。2025年、瀬川先生たちは、微生物の新種の名前を発表する国際的な学術誌に論文を出し、この細菌に「Ureaplasma ceti」という学名(世界共通の名前)をつけました。細菌は、マダライルカというイルカの胃液から取り出したものです。
出典:Segawa T ほか「Ureaplasma ceti sp. nov. isolated from the gastric fluid of a spotted dolphin (Stenella attenuata)」International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology(2025年)
瀬川先生の研究報告では、この細菌の遺伝子の中に、人などで病気を起こすウレアプラズマが持っている「病気を起こす道具」が見つからなかったことや、イルカに栄養を渡しているかもしれないしくみがあることも書かれています。イルカにとって「悪い細菌」ではなく、助け合う相手なのかもしれません。


ここからが、2026年に始まった新しい研究です。
生物基礎で習う「ミトコンドリア」は、細胞の中でエネルギーを取り出す部品です。このミトコンドリアや植物の葉緑体は、大昔に細胞の中に入りこんで、いっしょに暮らすようになった細菌がもとになったと考えられています。これが「細胞内共生説」です。
でも、瀬川先生の研究計画によると、この説には、実験で確かめるのがむずかしいとされてきた部分があります。外で自由に暮らしていた細菌が、だんだん相手の細胞なしでは生きられなくなっていく、という部分です。とても長い時間がかかったはずなので、実験で見せるのがむずかしいのです。
大事なことを先に書いておきます。この細菌がミトコンドリアの祖先というわけではありません(ミトコンドリアのもとになったのは、別の細菌のグループと考えられています)。「外で暮らしていた細菌が、細胞に頼るようになっていく」流れを、目の前で起こして観察するための“お手本役”として使う、という研究です。瀬川先生の研究計画には、こう書かれています。
| 段階 | 中身 |
|---|---|
| これまでの実験で見えてきたこと(まだ論文になっていない) | イルカの胃から育てたこの新種の細菌を、イルカの細胞といっしょに育て、植え継ぎ(新しい入れ物に移すこと)を続けると、細菌が細胞に頼る度合いが少しずつ高まっていく様子が見られた、と研究計画に書かれている |
| これからやること | 植え継ぎを長く続け、細菌が細胞に頼るようになっていくしくみを、遺伝子などのレベルで調べる |
| めざすこと | 細胞内共生説の「細菌が細胞に頼るようになっていく」部分を、実験で確かめる |
出典:科学研究費助成事業 挑戦的研究(萌芽)「イルカから発見した新種細菌が解明する細胞内共生説 ―最後の未解明過程への挑戦―」(研究代表者 瀬川太雄、2026〜2027年度)研究開始時の研究の概要
ここは大事なので、はっきり書いておきます。これは研究が始まったばかりの段階です。研究室は2025年に、イルカとの共生関係の研究で「常識を覆す可能性を秘めた成果が出つつある」「再現性が取れたら公表していきたい」と書いていました(再現性=同じ実験をくり返しても、同じ結果になること)。論文としての発表はこれからです。「ミトコンドリアのでき方が分かった」という話ではありません。

教科書の「〜と考えられている」の先を、実験で確かめにいく。イルカの胃の細菌が、そこにつながるかもしれない、というのがこの研究のおもしろさです。
出典:日本大学 獣医衛生学研究室「瀬川講師の研究が科研費・挑戦的研究(萌芽)に採択されました」(2026年6月)、同(2025年3月)

瀬川先生の研究は、イルカだけではありません。
| 年 | 研究 |
|---|---|
| 2020年 | 胃の病気のハンドウイルカから、新種のヘリコバクター属の細菌を取り出し、イルカにちなんだ名前をつけた |
| 2025年 | ジンベエザメの腸の細菌を、水族館で長く飼育されている個体と、新しく捕獲された個体でくらべた(大阪の水族館「海遊館」の獣医師が中心の共同研究) |
| 2026年 | ジンベエザメのふんから、新種のウレアプラズマを取り出して名前をつけた。体温が水温で変わる「変温」の背骨のある動物からウレアプラズマを取り出したのは、初めての報告 |
| 2026年 | ヌタウナギの腸にたくさんいる、正体のわからない「ウレアプラズマに似た細菌」を取り出したと学会で発表 |
出典:日本大学 獣医衛生学研究室「研究内容」「TOPICS」、Segawa T ほか International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology(2026年10月)、Ito T ほか Microbes and Environments(2025年)
どれも、「そこにいるのは分かっているのに、育てられていなかった細菌」を、生きたまま手元で育てるところから始めています。海の生き物のサンプルは手に入りにくいので、こうした研究は水族館などとの共同研究で進められています。
研究室では、大学院生の研究で、イルカやアザラシの白血球(体を守る細胞の一つ)が、4℃という冷たさでも細菌などを取りこむ働きを保っていることも分かりました(2026年の論文。新江ノ島水族館の協力)。
出典:日本大学 獣医衛生学研究室(2026年4月)、Veterinary Immunology and Immunopathology(2026年)

入口は、日本大学 生物資源科学部 獣医学科です。6年制の学科で、キャンパスは神奈川県藤沢市の湘南キャンパスです。
| 大学 | 学部・学科 | 偏差値 |
|---|---|---|
| 日本大学 | 生物資源科学部 獣医学科 | 60.0 |
出典:河合塾「2027年度入試難易予想ランキング表」。偏差値は河合塾のボーダー偏差値
獣医学科を卒業すると、獣医師の国家試験を受けられます。大学は、卒業生が動物病院の獣医師、家畜や食品の安全を守る公務員の獣医師、大学や研究機関、製薬・食品の会社などで働いているとしています。
研究室は、獣医学科の3年生が研究室に入るのを考える時期に、説明会を開いています。説明会の案内には「海の生き物が好き」「水族館獣医師や飼育員を目指している」「生物学や進化学に興味がある」学生におすすめ、と書かれていました。これまでには、新しく入った学生の研修として、共同研究先の新江ノ島水族館でイルカの健康診断を見学したこともあります。
出典:日本大学 生物資源科学部 獣医学科(2026年)、日本大学 獣医衛生学研究室「R8 研究テーマ説明会」(2025年11月)ほか
「獣医学科」という名前から、動物の病気を治す勉強だけを思い浮かべるかもしれません。でも、獣医学科の研究室で、細胞の進化の問いに挑むこともできるのです。

ミトコンドリアと葉緑体、細胞内共生説は、高校の生物基礎・生物に出てきます。中学生なら、理科の「細胞」の単元が入口です。教科書が「〜と考えられている」と書いているところに印をつけてみてください。そこが、今も研究が続いている場所です。
水族館でイルカを見るときは、ショーだけでなく、何を食べているか、どんな検査や健康管理をしているかの説明にも注目してみてください。研究室のような大学の研究は、水族館の獣医師や飼育員さんの協力があってできています。
日本大学 生物資源科学部には「骨の博物館」があり、入館料は無料、個人なら予約なしで見学できます(展示室によって開いている曜日がちがいます)。オープンキャンパスの日程といっしょに、学部のホームページで確かめてください。
出典:日本大学 生物資源科学部 博物館「利用案内」(2026年10月閲覧)

東進館山校 坂本



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