川﨑研(東京理科大学):2026年ノーベル化学賞の「硤合反応」を研究してきた先生が、生き物のアミノ酸が「片方の型」ばかりの謎を追う研究室

大学の化学の実験室で、左右の手に鏡に映したような形の分子模型を1つずつ持ち、目を見開いて見比べる白衣の男子大学院生。「2026年ノーベル化学賞」「左と右、なぜ片方だけ?」「その“続き”を追う研究室」の文字。

2026年10月7日、東京理科大学の硤合そあい憲三先生(名誉教授。10月8日に大学から「栄誉教授」の称号)が、フランスのアンリ・カガン先生とともにノーベル化学賞に決まりました。受賞のもとになった研究の1つ「硤合反応」は、硤合先生が東京理科大学の応用化学科の研究室で見つけた反応です。

今回紹介するのは、東京理科大学で、硤合先生のもとで約8年間この反応を研究してきた川﨑常臣かわさきつねおみ先生の研究室です。いま川﨑先生が追っているのは、「生き物の体のアミノ酸は、なぜ片方の型ばかりなのか」という謎。ノーベル賞のニュースを見て「何がすごいの?」と思った人に、読んでほしい記事です。

目次

ひとことで言うと、何の研究?

秋の夕方、自分の部屋の窓辺で、両手のひらを顔の前に並べて見比べ、首をかしげる館山中の女子。「右手と左手、重なる?」の文字。

右手と左手は、形はそっくりなのに、重ねようとするとぴったりとは重なりません。鏡に映すと、ちょうど反対の形になります。分子にも、これと同じように「右手型」と「左手型」があるものがあります。

川﨑研究室の研究をひとことで言うと、分子の右手型と左手型の「ほんの少しの差」を、大きな差に育てる化学です。

言葉中学生向けに言うと
鏡像きょうぞう異性体いせいたい右手と左手のように、鏡に映した関係にある2つの分子。材料も、つながり方も同じなのに、重ならない
L型・D型アミノ酸の「左手型」「右手型」の呼び名。生き物の体のアミノ酸は、ほとんどがL型
触媒しょくばい自分は変わらずに、化学反応を進める物質
自己触媒できあがった物質そのものが触媒になり、自分と同じ物質をまた作る反応

出典:川﨑研究室ホームページ「研究紹介」、ノーベル賞公式サイト(スウェーデン王立科学アカデミー)「Popular information」(2026年)。中学生向けの言い方は坂本が言い換えた

ふつうに試験管でアミノ酸を作ると、L型とD型はほぼ半々でできます。ところが、私たちの体のたんぱく質は、ほとんどL型のアミノ酸だけでできています。生命が生まれる前の地球で、どうして片方の型ばかりになったのか。これが、100年以上続く化学の謎です。

2026年のノーベル化学賞、何がすごい?

図解。できた分子が触媒になって自分と同じ分子を作り、それがまた触媒になって増えていく。「できた分子が、自分を増やす」の文字。

硤合先生が見つけたのは、できた分子が触媒になって、自分と同じ型の分子をどんどん作る反応です。最初に右手型が少しだけ多ければ、右手型が右手型を作り、その右手型がまた右手型を作ります。こうして、少しの差がどんどん大きくなります。

年何が分かったか
1986年カガン先生が、片方の型を、それまで考えられていたより多く作れる方法を見つけた
1995年硤合先生が、自分と同じ分子を作る反応を発表。最初2%だった差が87%に広がった
2003年硤合先生が、偶然のわずかな差から、ほぼ片方の型だけが残る反応を示した

出典:ノーベル賞公式サイト(スウェーデン王立科学アカデミー)「Press release」「Popular information」(2026年10月7日)、科学技術振興機構「サイエンスポータル」(2026年10月7日)

ノーベル賞を選んだスウェーデン王立科学アカデミーは、生き物以外でほぼ片方の型だけを作ったのは、これが初めてだったと書いています。授賞の理由は「不斉ふせい有機合成における非線形効果および自己触媒作用の発見」。ざっくり言うと、「右手型・左手型の差が、予想より大きく出たり、自分で増えたりすることの発見」です。

坂本

ニュースでは「硤合先生のノーベル賞」と言われますが、受賞は2人。カガン先生の発見があって、硤合先生の反応につながりました。

川﨑先生は、どうつながっている?

川﨑先生は、2004年から2012年まで、東京理科大学で硤合先生のもとで、助手・助教・講師として硤合反応を研究しました。2009年には、炭素12と炭素13という、重さがほんの少し違うだけの原子の置き方で生まれる左右の差でも、硤合反応なら見分けて大きくできることを示しました。硤合先生たちとの論文は、アメリカの科学雑誌「Science」にのりました。川﨑先生は、その論文の最初に名前が出る著者です。

その後、福井大学をへて、2017年に東京理科大学の応用化学科にもどり、2022年から教授です。2025年にも、硤合先生と共同で、生命の「片方の型ばかり」の起源についての解説を書いています。

出典:東京理科大学 研究者情報データベース「川﨑常臣」、Kawasaki ほか, Science(2009年)、川﨑常臣・硤合憲三「不斉自己触媒反応で迫る生命のホモキラリティの起源」現代化学(2025年9月号)

ノーベル賞を受けたのは硤合先生とカガン先生です。川﨑先生は、同じ研究室で硤合反応を研究し、その経験をもとに、今は自分の研究室で「アミノ酸」の謎を追っている先生です。

予想クイズ:0.05%の差は、どこまで広がる?

自習室の後ろの席で、化学の参考書を胸の高さで持ち、眉を寄せて考えこむ安房高の男子。

川﨑研究室では、アミノ酸のもとになる分子(アミノニトリル)で、右手型と左手型の差を育てる実験をしています。

では問題です。右手型と左手型の差(片方がどれだけ多いか)が、最初は約0.05%(ほぼ半々)だったアミノニトリル。川﨑研の方法で育てると、この差はどこまで広がったでしょう。

  1. 約0.1%(ほとんど広がらない)
  2. 約50%
  3. 99.5%以上(ほぼ片方だけ)

まず自分で考えてから、下の答えを開いてください。

答えと考え方
図解。ほぼ半々の分子が、増やす工程をへて、ほぼ片方の型だけになる。「0.05%の差が、99.5%以上に」の文字。

答えは3の「99.5%以上」です。最初はほとんど半々だったのに、育てると差が99.5%以上に広がり、ほぼ片方の型だけになりました。

ここで大事なのは、どちらが勝つかを人が決めているわけではない、ということです。最初にほんの少し多かったほうが、そのまま大きくなります。

出典:川﨑研究室ホームページ「研究紹介」

坂本

0.05%は、1万個のうち5個くらいの差です(この換算は坂本の計算)。それが、ほぼ全部になる。化学で「差を育てる」とは、こういうことです。

川﨑研がいま追っていること

大学の化学の実験室で、白い結晶の入ったガラスの小びんを胸の高さで持ち、真剣な顔で見つめる女子大学院生。

生命が生まれる前の地球でアミノ酸ができた反応の1つとして、「ストレッカー反応」という反応が考えられています。川﨑研究室は、この反応に注目して、右手型と左手型の差がどう生まれ、どう育つのかを調べています。

発表中身
2015年右手型・左手型のない3つの物質を混ぜるだけで、アミノ酸のもとの分子の左右の差が、最高96%まで開いた
2016年アミノ酸が、自分のもとになる分子を自分と同じ型にかたよらせた(アミノ酸が自分をふやす)
2023年結晶の中の分子の並び方を使い、左右の差が99%を超えるアミノ酸のもとを作った
2026年アミノ酸とよく似た形の分子(α〈アルファ〉-ヒドロキシ酸)でも、自分と同じ型をふやすしくみを示した

出典:Kawasaki ほか, Chemical Communications(2015年・2016年)、Chemical Science(2023年)、Organic & Biomolecular Chemistry(2026年)、川﨑研究室ホームページ「研究紹介」

どれも、試験管の中の実験で「こういう道すじがありうる」と示した段階です。昔の地球で本当にこうして起きたと決まったわけではありません。研究室のホームページにも、L型のアミノ酸は「このようなプロセスを経て合成されたかもしれません」と書かれています。

ノーベル賞の公式サイトも、硤合反応は生き物の中の化学とは別の、人が作った反応だと書いています。そのうえで、世界中の研究者が、アミノ酸や糖で同じことを実現しようとしている、と紹介しています。川﨑研究室は、まさにその「アミノ酸で」に取り組んでいる研究室の1つです。

坂本

硤合反応は「できる」ことを示した。では生命の材料でもできるのか。ノーベル賞の続きの問いを、いま追いかけている研究室です。

この研究室に入るには

川﨑研究室は、東京理科大学の理学部第一部 応用化学科にあります。キャンパスは東京都新宿区の神楽坂かぐらざかキャンパス。硤合先生が30年以上研究を続けたのと同じ学科です。

大学学部・学科偏差値
東京理科大学理学部第一部 応用化学科60.0

出典:河合塾「2027年度入試難易予想ランキング表」。偏差値は河合塾のボーダー偏差値

研究室のホームページを見ると、4月に新しい4年生が研究室に加わっています。応用化学科に入って、4年生から研究室に入る流れです。その先には大学院もあります。

研究室では、分子の形を調べる装置や、右手型と左手型を分けて量る装置など、たくさんの分析の方法を身につけられる、と書かれています。有機化学(炭素でできた分子の化学)の「手を動かす力」が身につく、と研究室は紹介しています。くわしい入試の科目や日程は、必ずその年の募集要項で確かめてください。

出典:川﨑研究室ホームページ「研究室紹介」「Topics」、東京理科大学「本学硤合憲三名誉教授がノーベル化学賞に決定しました」「硤合栄誉教授が理学部第一部応用化学科を来訪しました」

中高生のうちにできること

学校の図書室で、化学の本を胸の高さで開き、口を結んで読みこむ館山中の男子。

10月19日のオンライン解説に参加してみる

東京理科大学は、2026年10月19日(月)18時から19時20分まで、「高校生のためのノーベル賞解説&理科系研究室ガイド」をオンラインで開きます。中学生・高校生・保護者が対象で、事前の申し込みが必要です。解説するのは、川﨑研とは別の、理学部第一部 科学コミュニケーション学科の先生たちです。今年のノーベル化学賞も取り上げます。申し込みは、下のボタンの大学のページから。

出典:東京理科大学「理学部第一部 科学コミュニケーション学科 オンラインイベント『高校生のためのノーベル賞解説』の開催について」

手袋で「重ならない」を確かめる

左手の手袋を右手にはめてみてください。親指の向きが合わず、うまく入りません。形は同じでも、鏡の関係にあるものは重ならない。これが、この記事の出発点です。

分子模型で、左右2つを作ってみる

中学の理科で原子・分子を習い、高校の化学の有機化合物の単元で「鏡像異性体」が出てきます。分子模型があれば、中心の玉に4つの色ちがいの玉をつけた形を2つ作り、片方を鏡の反対にしてみてください。どう回しても重なりません。この研究の入口は、中学の理科の「原子と分子」です。

まとめ

秋の夕方、学校の中庭のベンチの近くで、遠くを見て小さくほほえむ安房高の女子。
  • 川﨑研究室は、分子の右手型と左手型の「ほんの少しの差」を、大きな差に育てる化学の研究室
  • 2026年のノーベル化学賞は硤合先生とカガン先生。川﨑先生は、硤合先生のもとで硤合反応を研究してきた
  • 今はアミノ酸のもとの分子で、0.05%の差を99.5%以上に育てるなど、「生命はなぜ片方の型か」を試験管の中で調べている
  • 入口は東京理科大学 理学部第一部 応用化学科(偏差値60.0、河合塾2027年度)。硤合先生が30年以上いた学科

東進館山校 坂本

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