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カイコがはき出す糸、絹(シルク)。着物やネクタイの材料として知られていますが、この糸で、生まれつき心臓に病気がある子どものための「心臓の弁」をつくろうとしている研究室があります。
東京都小金井市にある、東京農工大学の中澤靖元先生の研究室です。今回は、工学部の「生命工学科」で、カイコの糸を医療の材料に変えようとしている研究室を紹介します。「虫は生物の話、医療は医学部の話」と思っている人に読んでほしい記事です。


中澤研究室の研究をひとことで言うと、カイコの糸からとれるたんぱく質を使って、体の中で使える医療の材料をつくる研究です。
| 言葉 | 中学生向けに言うと |
|---|---|
| シルク(絹) | カイコがまゆを作るときにはき出す糸。主な成分はたんぱく質 |
| 心臓の弁 | 心臓の中で、血が逆に流れないように開いたり閉じたりする「ふた」 |
| 人工血管 | 病気でつまったり傷んだりした血管の代わりに入れる、人工の血管 |
| 石灰化 | 体の中に入れた材料に、カルシウムがたまって固くなること。人工の弁が使えなくなる原因になる |
出典:東京農工大学 中澤・野口研究室ホームページ、KAKEN「循環器デバイスを実現するシルクフィブロインの高機能化と新規人工心臓弁への応用」。中学生向けの言い方は坂本が言い換えた
心臓の弁や血管の代わりになる人工の材料はすでにありますが、体の中で長く使ううちに問題が起きることがあります。中澤研究室は、その弱点を、カイコの糸で解決しようとしています。


絹が医療に向いている理由は、大きく3つあります。
| 絹のいいところ | 中身 |
|---|---|
| 体になじむ | 炎症(はれや痛み)を起こしにくく、石灰化もしにくいと考えられている |
| 使ってきた実績がある | 手術で傷をぬい合わせる糸として、昔から使われてきた |
| 自分の体に置きかわる | 体の中でゆっくり分解され、自分の組織に置きかわっていく(ネズミの血管の実験ではそうした変化が見られた。心臓の弁ではそれを目指して研究中) |
出典:KAKEN「循環器デバイスを実現するシルクフィブロインの高機能化と新規人工心臓弁への応用」、東京農工大学 プレスリリース(2010年1月)
細い血管の代わりになる人工血管はつまりやすいため、2010年の発表の時点では、細いものは売られていませんでした。農工大では、直径1.5mmの絹の人工血管をネズミの血管に入れる実験で、1年後も血が流れ続けた割合が約85%と、これまでの素材(約30%)を大きく上回る結果を出しています。この研究は、東京大学の医師たちと、同じ農工大の朝倉哲郎先生の研究室が共同で進めたもので、中澤先生も論文の著者に加わっています。
出典:東京農工大学 プレスリリース(2010年1月18日)、Journal of Vascular Surgery(2010年)
研究室の中身はこの記事の文章で。動画では、中澤研究室のある生命工学科の雰囲気が分かります。
東京農工大学が作った、工学部 生命工学科の紹介動画です(約6分)。中澤研究室のある学科が、どんな学科なのかが分かります。
動画:東京農工大学 公式チャンネル「工学部 学科紹介01 生命工学科」(2020年公開)


中澤先生が今、力を入れているのが、生まれつき心臓に病気がある子どものための、心臓の弁です。
子どもは成長するので、人工の材料でつくった弁だと、体の成長に合わせて手術をし直さなければならないことがあります。そこで中澤先生は、体の中で少しずつ分解され、自分の組織に置きかわっていく弁を目指しています。自分の組織になれば、体といっしょに育っていけると考えられるからです。
| 研究の段階 | 中身 |
|---|---|
| 材料 | 絹と、体の中で分解される柔らかい樹脂(プラスチックのなかま)を半分ずつ混ぜ、とても細い繊維のシートにする。本物の弁に近い柔らかさと強さ |
| 動物での実験 | ヒツジの血管での実験で、体へのなじみの良さについて良い結果が出ている(論文はこれから)。ネズミの動脈に入れる実験も始めている |
| いっしょに研究する所 | アメリカ・オハイオ州立大学、ネイションワイド小児病院、日本医科大学、愛媛大学 |
| 人での使用 | まだない。中澤先生は、臨床試験(人で試すこと)を2035年ごろに始めることを目標にしている |
出典:KAKEN「臨床応用を指向したシルクフィブロイン基盤部分再生型心臓弁の創製」(23KK0202)、東京農工大学「農工大 先生大図鑑」(2026年10月2日公開)
中澤先生はインタビューで、研究は「失敗ばかり」だと話しています。そして、今の学生は、製品が完成するところまでは見届けられない、だからこそ「一歩を担えた」と感じられることが大事だ、と語っています。


10年先の子どもの命のために、今日の実験をする。研究は、バトンをつなぐ仕事でもあります。





東京農工大学は、カイコと深い縁のある大学です。始まりは1874年(明治7年)、国が東京に置いた、農業を学ぶ場とカイコを研究する場でした。このカイコの流れが1914年に「東京高等蚕糸学校」になり、のちの繊維学部、今の工学部につながっています。
キャンパスの中にある「科学博物館」は、カイコの病気を調べる国の施設の展示室が始まりで、今は中澤先生が館長を務めています。日本は昔、絹を外国に売って成長した国です。中澤先生は、医療という新しい使い道で、絹と養蚕(カイコを育てる仕事)にもう一度価値をつくることも目指しています。
出典:東京農工大学「沿革」、東京農工大学 科学博物館、「農工大 先生大図鑑」(2026年10月2日公開)
中澤研究室に入るには、東京農工大学 工学部 生命工学科を受験します。学科ごとに募集しているので、入学したときから生命工学科です。キャンパスは東京都小金井市の小金井キャンパスです。
| 大学 | 学部・学科 | 偏差値 |
|---|---|---|
| 東京農工大学 | 工学部 生命工学科 | 57.5 |
出典:河合塾「2027年度入試難易予想ランキング表」(2026年10月)。偏差値は河合塾のボーダー偏差値
学科の名前は「生命工学科」で、「医」の字は入っていません。それでも、ここで心臓の弁や血管の材料をつくっています。医療に関わる道は、医学部だけではありません。
出典:東京農工大学「令和9年度 入学者選抜要項」(一般選抜では、大学入学共通テストの理科は物理・化学・生物から2科目を選ぶ)





東京農工大学の科学博物館(小金井キャンパス)は、入館無料です。カイコや繊維の歴史の展示があり、毎週火曜日には昔の繊維の機械が実際に動くところを見られます(休みの日もあるので、行く前にホームページで確かめてください)。
工学部は、2026年11月8日(日)に秋のオープンキャンパス「研究室大公開」を開きます。生命工学科は午後の開催で、10月11日から申し込みを受け付けています。今年の公開研究室の一覧に中澤研究室は入っていませんが、同じ学科の研究室を見ることができます。
絹はたんぱく質で、体の中の反応は化学です。医療の材料づくりには、生物と化学に加えて、物理や機械の知識も役立ちます。中澤先生は、高校生へのメッセージで、小さいころの「なんで?」を忘れないでほしいと話しています。


東進館山校 坂本







