池谷研(東京大学):脳はどうやって覚えて、考えているのか。ネズミの脳にAIをつなぐ研究室

脳の研究室で、頭に小さな装置をつけた白いネズミを肩に乗せ、両手で持った光る脳の模型を見つめて目を輝かせる茶髪の若い男性の研究者。「東京大学の池谷研」「脳は どう覚える?」「ネズミの脳にAIを」の文字。

ランゲージ・ラボラトリーの小池です。

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勉強した内容を、人はどうやって覚えるのか。寝ている間に、脳の中では何が起きているのか。それを本気で調べている研究室が、東京大学の薬学部にあります。池谷裕二(いけがや ゆうじ)教授の「薬品作用学教室やくひんさようがくきょうしつ」です。この記事では「池谷研」と呼びます。

これまで紹介した松尾研はAIの頭脳を、JSKはロボットの体を作る研究室でした。池谷研が調べるのは、人とネズミの本物の脳です。そして、その脳にAIをつなぐ研究もしています。

目次

ひとことで言うと、何の研究?

大学の研究室で、顕微鏡の横の大きな画面に映った光る神経細胞の網を、身を乗り出して夢中で見つめる茶髪の男子大学生。「脳の細胞の信号を読む」の文字。

池谷研の研究をひとことで言うと、脳がどうやって覚えて、考えているのかを、薬と最新の道具で調べる研究です。

脳の中には、神経細胞という小さな細胞が何百億個も集まっています。1つ1つの細胞は電気の信号を出して、となりの細胞に伝えます。覚える・忘れる・ひらめく・不安になる。どれも、この細胞のつながり方と信号の出し方で決まります。池谷研は、その信号を顕微鏡と電極で何百個も同時に記録し、どの細胞が、いつ、どう働いているかを見ます。

黒い背景に、緑と赤に光る細い枝が四方に伸びた神経細胞が1つ写っている
顕微鏡で見た、ラットの海馬の神経細胞(色をつけて写したもの・2016年)
写真:ZEISS Microscopy/CC BY 2.0(Wikimedia Commons)

研究室の名前に「薬」が入っているのは、ここが薬学部の研究室だからです。薬はなぜ効くのか。それを知るには、薬が効く相手である脳のしくみを知る必要があります。

東大薬学部の案内には、研究のテーマが4つ載っています。中学生向けに言い換えると、こうなります。

研究の名前中学生向けに言うと
学習・情動・社会性に関与する神経回路の解析覚える・感じる・人と関わるときに、脳のどの細胞がどう働くかを調べる
身体と脳の機能的連関の探求心臓やおなかと脳が、どうつながって、どう影響し合うかを調べる
嗅覚神経の回路形成のメカニズムの探索においを感じる神経が、生まれるときにどうやって正しくつながるかを調べる
人工知能を用いた脳の新機能開拓AIを脳につないで、脳がまだ使っていない力を引き出す

出典:東京大学薬学部「東京大学薬学部・薬学系研究科への招待(2026年度版)」の教室紹介(薬品作用学教室)。中学生向けの言い方は小池が言い換えた

研究室がとくに調べているのは、脳の奥にある「海馬かいば」です。海馬は、新しいことを覚えるときに働く場所です。形が海の生き物のタツノオトシゴに似ていて、タツノオトシゴの学名が「ヒッポカンパス(海馬)」なので、この名前がつきました。

青みがかった灰色の背景の上に、曲がった形の人の脳の海馬と、同じように体を丸めたタツノオトシゴが左右に並んでいる
人の脳から取り出した海馬(左)と、タツノオトシゴ(右)を並べた標本
写真:Hippocampus_and_seahorse.JPG: Professor Laszlo Seress derivative work: Anthonyhcole (talk)/CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)

出典:東京大学 大学院薬学系研究科 薬品作用学教室「研究」(yakusaku.jp)

脳の眠っている力を引き出す実験

白い迷路の実験台で、頭に小さなセンサーをつけた白いネズミが正しい道を進むのを見て、両手を胸の前で握り目を輝かせる茶髪の女性研究者。「ネズミに新しい感覚」の文字。

池谷先生が繰り返し話していることがあります。脳には、まだ使われていない力が眠っているということです。研究室は、それを実験で確かめてきました。

目の見えないネズミに「方角の感覚」を足す

人は、磁石の向き(地磁気)を感じることができません。感じられないので、「感じられない」ことに気づくことすらありません。では、もし脳に方角の情報を送ったら、脳はそれを使いこなせるのか。

研究室は、目の見えないネズミの頭に、スマートフォンにも入っている方角のセンサーをつけました。そして、ネズミが北を向いたとき・南を向いたときに、脳の視覚の場所へ別々の電気の合図が届くようにしました。するとネズミは、数日のうちに、目の見えるネズミとほぼ同じように迷路を解けるようになりました。生まれてから一度も使ったことのない感覚を、脳がすぐに使いこなしたのです。

白いラットの頭の上に小さな装置がついていて、手袋をした人の手がスポイトでラットに飲み物を与えている
頭に脳の信号を記録する装置をつけた実験用のラット。研究者がスポイトでジュースをあげている(池谷研ではない、別の研究室での写真・2015年)
写真:Anna Marchenkova/CC BY 4.0(Wikimedia Commons)

出典:Norimoto H, Ikegaya Y. Visual cortical prosthesis with a geomagnetic compass restores spatial navigation in blind rats. Current Biology 25 (2015)、科学研究費助成事業「地磁気コンパスを用いた神経プロテーゼ」(研究代表者 池谷裕二、2014〜2016年度)

この実験を、池谷先生本人が一般の人向けに話した講座の動画です(25分)。日本神経科学学会の市民公開講座で、「ヒトは磁気や紫外線を感じない。でも脳には、それを使える力がある」という話から始まります。

動画:日本神経科学学会市民公開企画(YouTube 公式チャンネル)。第38回日本神経科学大会 市民公開講座「脳科学の達人」(2015年)

AIの助けで、英語とスペイン語を聞き分ける

ネズミは、英語とスペイン語を聞き分けられません。1万回以上練習させても、できませんでした。でも、2つの言葉は音が違うので、耳には違う振動として届いているはずです。脳は違いを受け取っているのに、使えていないだけかもしれません。

そこで研究室は、ネズミの脳の信号をAIに読ませ、AIが「今のは英語」「今のはスペイン語」と判定した結果を、脳への小さな刺激として返しました。するとネズミは、英語とスペイン語を聞き分けられるようになりました。初めて聞く文でも聞き分けられ、AIを外したあとも、その力は続きました。

出典:JST RISTEX「人と情報のエコシステム」トピックス(池谷裕二教授インタビュー、2022年9月22日)、JST ERATO「池谷脳AI融合プロジェクト」研究領域の紹介(主な成果「脳AI融合によるラットの言語識別能の獲得」)

自分の心拍を、自分で下げる

心臓の速さ(心拍)は、ふつう自分の意思では変えられません。研究室は、ネズミに「心拍が下がったら、気持ちのいい刺激がもらえる」練習をさせました。するとネズミは30分もしないうちに心拍を下げるこつを覚え、5日後には心拍が約50%も下がりました。その状態は少なくとも2週間続き、その間、ネズミは不安そうなようすが減りました。

研究室は、このとき脳の前のほうの場所から心臓へ指令が送られる道すじも見つけました。人がヨガや瞑想めいそうで落ち着くしくみにも迫る発見です。論文は、2024年に世界で最も有名な科学雑誌の1つ『Science』に載りました。

出典:東京大学 プレスリリース「心拍数を意図的にコントロールする神経メカニズム ヨガのしくみにも迫る新たな脳内機構の解明」(2024年6月21日。吉本愛梨 大学院生・池谷裕二 教授ら、Science)

眠っている間に、脳は記憶を整理する

寝ている間、海馬からは「シャープウェーブリップル」という特別な脳波が出ています。研究室は、この脳波が神経細胞どうしのつながりを少し弱めて、脳の回路を「クールダウン」させていることを見つけました。次の日に新しいことを覚えるための空きを作っているのです。この脳波を止めると、ネズミは新しいことを覚えにくくなりました。

寝ることも、覚えるための大事な時間です。テスト前の徹夜が損なのは、脳のしくみから見ても当たり前のことです。

出典:東京大学 発表(2018年2月9日。MONOist「睡眠中の脳波が記憶のキャパシティーを確保」2018年3月6日)、論文は Science 359 (2018)

動画で見る

JST(国の研究を支える機関)の公式チャンネルにある、研究室の「脳とAIをつなぐ」プロジェクトの紹介動画です(19分)。脳とAIがつながると何ができるようになるのか。そして、脳の中という究極のプライバシーをどう守るのか。科学者と哲学の研究者が一緒に考えるようすが分かります。

次は、糸井重里さんと池谷先生の対談です(23分)。「神経細胞は人間関係に似ている」という話から、教育、失敗してヘコむことの意味まで話が広がります。動画の説明に目次がついているので、気になる話から見られます。

3本目は短い動画です(7分)。「やる気が出ない」という悩みに、池谷先生が「やる気なんて存在しない」と答えた話を、新R25の編集部が紹介します。勉強を始められない人は、この1本から見てください。

動画:JST Channel(科学技術振興機構の YouTube 公式チャンネル)、ほぼ日の學校(YouTube 公式チャンネル)、新R25チャンネル(YouTube 公式チャンネル)

研究室から生まれたもの

夜の研究室で、電極の並んだ実験装置を前に、うまくいかない結果に負けるものかと歯を食いしばる黒髪の男性研究者。「国の大型研究 2027年まで」の文字。

いちばん大きいのが、国の大型研究「ERATO 池谷脳AI融合プロジェクト」です。ERATO(エラトー)は、JST(科学技術振興機構)が、これまでにない新しい分野を作る研究に、1人の研究者を選んで任せるしくみです。池谷先生が全体のリーダー(研究総括)を務めています。

年できごと
2018年10月ERATO 池谷脳AI融合プロジェクトが始まる
2022年9月AIの助けで、ネズミが英語とスペイン語を聞き分けられたことを紹介
2024年6月心拍を自分で下げる脳のしくみを『Science』に発表
2027年3月プロジェクトが終わる予定(3年延長された)

出典:JST ERATO「池谷脳AI融合プロジェクト」研究領域の紹介(研究期間 2018年10月〜2027年3月、追加支援期間で3年延長)、JST RISTEX トピックス(2022年9月22日)、東京大学 プレスリリース(2024年6月21日)

プロジェクトは、始まるときに次の4つの道を掲げました。

  • 脳にセンサーのチップを入れ、地磁気や血圧など、ふだん感じられない情報を脳に届ける
  • 本人も気づいていない脳の中の情報をAIで読み取り、脳に返して力を引き出す
  • 脳をAIを通してインターネットや家電につなぐ
  • 何人かの脳をAIでつなぎ、言葉を使わずに情報を伝え合う

出典:科学技術振興機構報 第1340号 資料1「研究領域の概要」(2018年)

研究室からは、一般の人向けの本もたくさん生まれています。研究室の研究員で医師の紺野大地さんと池谷先生が、脳とAIをつなぐ研究の最前線を書いた本が『脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか』です。

どんな人が研究しているか

大学のゼミ室の大きな机で、ノートパソコンと論文を広げた仲間と話しながら、楽しそうに話に加わる茶髪の女子大学院生。「博士13人 修士15人」の文字。

研究室を率いているのは、池谷裕二教授です。1970年に静岡県藤枝市で生まれ、1989年に東京大学の理科一類に入学しました。その後、薬学部に進んで、1998年に博士(薬学)を取りました。アメリカのコロンビア大学で研究したあと、2014年に教授になっています。

  • 池谷 裕二 教授:海馬と記憶、脳とAIの融合が専門。ERATO 池谷脳AI融合プロジェクトの研究総括
  • 中嶋 藍 准教授、松本 信圭 助教
  • 特任助教が2人、研究員が10人

出典:科学技術振興機構報 第1340号 資料1(研究総括の経歴)、日本神経科学学会 市民公開講座(2015年)の演者紹介、東京大学 大学院薬学系研究科 薬品作用学教室「メンバー」

池谷先生の座右の銘は「この世を楽しむために脳はある」です。

塾長 小池

理科一類に入った人が、薬学部で脳の研究者になっています。高校のときに決めた進路が、そのまま一生の進路になるとは限りません。

学生は、博士課程13人、修士課程15人、学部生6人です。学生の受賞も多く、2026年だけでも、学会の発表賞などのニュースが10件以上、研究室の公式サイトに載っています。

出典:東京大学 大学院薬学系研究科 薬品作用学教室「メンバー」「ニュース」(人数は公式サイトのメンバー一覧を2026年10月11日に数えたもの)。研究室の卒業生だけの進路は公式に出ていないので書いていない

この研究室に入るには

夕方の通学の電車で、窓の外の海と遠い街を見ながら、少し心細そうな館山中の女子。「研究室は大学院からも」の文字。

道は2つあります。

道流れ
東大に入る(学部から)東京大学に入る → 2年生の秋に薬学部への進学が決まる(進学選択)→ 3年生の秋に4年制の薬科学科か6年制の薬学科を選ぶ → 4年生で研究室に配属される
ほかの大学から入る(大学院から)ほかの大学の理系の学部を卒業する → 東京大学大学院 薬学系研究科の修士課程の入試に受かる

出典:東京大学薬学部「東京大学薬学部・薬学系研究科への招待(2026年度版)」(キャンパスライフ・卒業後の進路)

東大の薬学部は、1学年が約80人の小さな学部です。定員の9割は研究者を育てる4年制の薬科学科、1割が薬剤師になれる6年制の薬学科です。薬剤師の国家試験を受けたい人は6年制を選びます。どちらを選んでも、4年生からは研究室に入って研究をします。

朱色に塗られた瓦屋根の古い門。門の奥に木々と大学の建物が見える
東京大学 本郷キャンパスの赤門(2019年)。薬学部は本郷キャンパスにある
写真:Kakidai/CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)

大学院の修士課程の定員は100人で、入試は例年8月です。東大のほかの学部や、ほかの大学から受ける人も増えています。研究室は、大学院からもう一度選び直せます。

卒業生のほとんどは、そのまま大学院の修士課程に進みます。その先は、製薬会社(アステラス製薬、第一三共、武田薬品工業、中外製薬など)、大学や研究所、厚生労働省や特許庁などに進んでいます。

出典:東京大学薬学部「東京大学薬学部・薬学系研究科への招待(2026年度版)」(卒業後の進路)。薬学部全体の数字で、池谷研だけの数字ではない

薬の学部の選び方は医療・看護・薬の学部ってどんな学部?に、東大そのものは東京大学の紹介にまとめました。

中高生のうちにできること

学校の図書室で、脳の絵がのった本を開いて、分かった瞬間に満面の笑顔になる館山中の男子。「まずは1冊の本から」の文字。

東大の薬学部は、中高生が参加できる催しを開いています。2026年度の分はもう終わり、2027年度の案内はまだ出ていません。夏の前に、薬学部のサイトで確かめてください。

催し対象2026年度
東京大学オープンキャンパス(薬学部)高校生など8月3日。先生の講演2つと、学生への個別相談会
女子中高生理系進路選択応援イベント「研究室を覗いてみよう!」理系や薬学に興味のある女子中高生7月25日。講演と、研究室2つの見学(会場は60人まで)

出典:東京大学薬学部「オープンキャンパス」「2026年度東大薬学部女子中高生理系進路選択応援イベント」(f.u-tokyo.ac.jp)。どの研究室を見学できるかは年によって違う

いちばん手軽なのは、池谷先生の本を読むことです。『進化しすぎた脳』は、池谷先生が中高生を相手に行った講義をそのまま本にしたものです。生徒の質問に答えながら、記憶のしくみから「意識とは何か」まで進みます。中学生でも読めます。

『単純な脳、複雑な「私」』は、池谷先生が母校で行った連続講義の本です。先生自身が「いちばん思い入れがある」と話す1冊です。高校生向けです。

脳の研究には、生物と化学がいります。そして今は、脳の信号を読むのにも、AIを作るのにも、数学と情報が欠かせません。論文はほとんどが英語です。中学生のうちは、理科の「生物のからだのつくり」と、数学の関数・資料の活用から逃げないこと。これがいちばん池谷研に近づく勉強です。

塾長 小池

脳の研究が教えてくれるのは、やる気は「始めたあとに出てくる」ということです。まず1問、解き始めてください。

まとめ

夜の自分の部屋で、勉強を終えてノートを閉じ、気持ちよさそうに伸びをするパジャマ姿の女子中学生。窓の外に月。「寝ることも覚える時間」の文字。
  • 池谷研は、東京大学 薬学部の薬品作用学教室。脳がどうやって覚えて、考えているのかを調べている
  • 目の見えないネズミに方角の感覚を足し、AIの助けで英語とスペイン語を聞き分けさせ、心拍を自分で下げさせた
  • 寝ている間に、海馬の脳波が記憶の空きを作っていることも見つけた
  • 国の大型研究「ERATO 池谷脳AI融合プロジェクト」を2027年3月まで率いている
  • 入る道は、東大に入って薬学部へ進むか、大学院から。研究室は大学院からも選び直せる
  • 近づく勉強は、生物・化学・数学・英語。まずは『進化しすぎた脳』を読む

この記事を書いた人

小池哲平のアバター 小池哲平 ランゲージ・ラボラトリー塾長

ランゲージ・ラボラトリー塾長、東進衛星予備校 館山校オーナー。安房郡白浜町(今の南房総市白浜町)に生まれ、白浜中から安房高校へ。高2で学年82人中81位まで落ちたところから、浪人して慶應義塾大学経済学部に合格しました。リクルートで4年働いたあと2011年に1993年開校の塾を先代から引き継ぎ、2015年から館山で小中学生を教えています。2026年卒の中学3年生は30名中8名が学年1位。志学館高校のSS特待には3年続けて合格者を出しています(2024年4名・2025年5名・2026年6名)。東進館山校は2026年の共通テストで平均+218.4点(千葉県内1位)。館山・南房総の高校入試を、塾で見てきた事実と数字で書いています。
塾長のプロフィール ランゲージ・ラボラトリーについて

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