Embodied Media(慶應KMD・南澤孝太):「さわった感じ」を記録して送る研究室

研究室の机で、指先に触覚のグローブをつけて紙コップを持ち、伝わってきた震えに驚いて笑う、赤いメッシュの入った髪の女子大学生。「慶應KMDの研究室」「さわった感じを送る」「紙コップで感触を送る」の文字。

ランゲージ・ラボラトリーの小池です。

写真を撮れば、見たものを残せます。録音すれば、聞いたものを残せます。では、「さわった感じ」は残せるでしょうか。 紙コップの中でビー玉が転がるコロコロした感じを、遠くにいる友だちの手に送れたら面白いと思いませんか。

それを本気で研究しているのが、慶應義塾大学の大学院、メディアデザイン研究科(KMD)の「Embodied Media Project(エンボディード・メディア・プロジェクト)」です。率いているのは南澤孝太先生です。KMDでは、研究室のことを「プロジェクト」と呼びます。この記事では分かりやすく「研究室」と書きます。

目次

ひとことで言うと、何の研究?

家の台所のテーブルで、小さな装置のついた紙コップを両手で持ち、目を閉じて指先の感触に集中する館山中の男子。「さわった感じを記録して分け合う」の文字。

南澤先生の研究をひとことで言うと、体で感じたことを記録して、ほかの人と分け合う技術を作る研究です。

研究室の名前の「Embodied(エンボディード)」は「体を持った」という意味です。テレビやスマホは、目と耳に届くメディアです。この研究室は、そこに「さわる」を足して、体ごと伝わるメディアを作ろうとしています。さわった感じのことを、専門の言葉で「ハプティクス(触覚しょっかく)」と言います。

研究の名前中学生向けに言うと
ハプティクス(触覚)さわった感じを記録して、別の場所で再現する
VR(バーチャル・リアリティ)ゴーグルの中の世界を、目と耳だけでなく体でも感じる
テレイグジスタンス遠くにある分身ロボットに乗り移ったように動かす
人間拡張技術で、人ができることを広げる

出典:慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科「南澤孝太」「Embodied Media」、Embodied Media Project 公式サイト(embodiedmedia.org)。中学生向けの言い方は小池が言い換えた

研究室の言葉では、「感性と技術を融合し、未来をプロトタイピングする」。プロトタイプは「試しに作ったもの」のことです。考えるだけでなく、まず作って、人に体験してもらう。そこがこの研究室らしさです。

動画で見る

まずはKMDの公式チャンネルにある、南澤先生本人が研究室を紹介する動画です(2分)。英語で話していますが、字幕を選べます。

次は、日本科学未来館が南澤先生の研究を紹介した動画です(3分)。未来館が2019年に開いたアイデアのワークショップ「未来館ビジョナリーキャンプ」の案内として作られたものです。

動画:Keio Media Design(KMD の YouTube 公式チャンネル)、MiraikanChannel(日本科学未来館の YouTube 公式チャンネル)

研究室から生まれたもの

暗いデモの部屋で、体のあちこちが青く光って震えるスーツを着て、ヘッドホンで音楽を聞きながら満面の笑顔ではしゃぐ茶髪の男子大学生。「音楽を全身で感じる」の文字。

紙コップで「さわった感じ」を送る:TECHTILE

この研究室の代表作が、2011年に作った「TECHTILE toolkit(テクタイル・ツールキット)」です。テクノロジー(技術)とタクタイル(触覚の)を合わせた名前です。

しくみは、音と同じです。物が震えると、その震えは空気に伝わって音になります。じかにさわれば、手に震えとして伝わります。そこで、さわったときの震えをマイクで録音し、それを小さな振動の装置で鳴らします。すると、録音した「さわった感じ」が、別の人の手で再現されます。 音の編集ソフトで、感じ方を強くしたり、つないだりもできます。

作るのに専門の知識がいらないので、デザイナーや、子どもの科学のワークショップでも使われました。グッドデザイン賞2012の「ベスト100」にも選ばれています。

出典:Embodied Media Project「TECHTILE Toolkit」(作ったのは南澤孝太・仲谷正史・筧康明・三原聡一郎・舘暲。協力 山口情報芸術センター[YCAM])

紙コップの底に小さな装置をつけ、子どもたちが感触を送り合うワークショップの動画です(3分)。説明は英語ですが、紙コップを持った子どもの顔を見れば、何が起きているかが分かります。

動画:tachilab(東京大学 舘研究室の YouTube 公式チャンネル。TECHTILE を一緒に作った舘暲先生の研究室)

音楽を全身で感じるスーツ

2015年には、VRゲーム「Rez Infinite(レズ インフィニット)」のためのスーツを作りました。スーツの中に26個の振動の装置があり、ゲームの音楽に合わせて全身が震えます。弦楽器や太鼓をたたかれたような感じまで変えられ、震えている所はLEDで光ります。

ゲームを作った水口哲也さんの会社、映像や技術で有名なライゾマティクスと一緒に作りました。VR Creative Award 2016で最優秀賞をとっています。

出典:Embodied Media Project「Rez Infinite Synesthesia Suit」(作ったのは小西由香理・花光宣尚・南澤孝太・佐藤文彦・水口哲也。協力 Enhance Games・Rhizomatiks)

黒い服の男性が、紫の幕の前でマイクに向かって話している
ゲーム「Rez」を作った水口哲也さん(アメリカのゲーム開発者の会議 GDC・2016年)
写真:Official GDC/CC BY 2.0(Wikimedia Commons)

スーツを着てゲームをする動画です(2分)。光るスーツが、音楽に合わせて動きます。

動画:Rhizomatiks(ライゾマティクスの YouTube 公式チャンネル)

ドコモと作った「FEEL TECH」

2023年1月、NTTドコモ、慶應義塾大学(南澤研究室)、名古屋工業大学の3つが、さわった感じを通信で送る技術「FEEL TECH(フィールテック)」を発表しました。

おもしろいのは、相手の感じ方に合わせて送るところです。同じ震えでも、強く感じる人と、弱く感じる人がいます。そこで、受け取る人の感じ方を先に測っておき、その人に伝わりやすい震えに直して送ります。研究室は、手に感触を再現する装置と、送る中身を作る役でした。使い道としては、職人の技を弟子に伝えることや、ネット通販で服の手ざわりを確かめることが挙がっています。

2025年10月には、KMDとドコモが一緒に研究する「FEEL TECH Lab」をKMDの中に作りました。

出典:NTTドコモ 報道発表資料(2023年1月25日)、慶應義塾 プレスリリース(2025年10月30日)

ドコモの公式チャンネルで、南澤先生とドコモの開発者がFEEL TECHを説明している動画です(2分)。

動画:docomoOfficial(NTTドコモの YouTube 公式チャンネル)

分身ロボットで、体を分け合う

家のリビングで車いすに座り、ノートパソコンで遠くのカフェの分身ロボットを動かしながら、目をうるませてしみじみと見守る大人の女性。左の吹き出しの中で白い小さなロボットがパンケーキのお皿を運んでいる。「離れていても一緒に働ける」の文字。

南澤先生は、国の大きな研究の計画「ムーンショット型研究開発事業」で、1つのプロジェクトのリーダーもしています。名前は「Cybernetic being(サイバネティック・ビーイング)」です。

ムーンショットは「月に向かって打ち上げる」という意味で、ふつうでは届かない大きな目標をめざす研究のことです。このプロジェクトの目標は、2050年までに、体や場所の制約せいやくをこえて、だれもが自分の力を出せる社会を作ることです。そのために、人が乗り移って動かす分身(アバター)の技術と、その分身を使うときのルール作りの両方を進めています。

仲間には、分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」を作ったオリィ研究所の吉藤健太朗さんもいます。

出典:Cybernetic being Project 公式サイト(cybernetic-being.org)。ムーンショット目標1は「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」

次の動画は、オリィ研究所の「分身ロボットカフェ」で行った実験です(3分)。離れた場所にいる何人かが、1台のロボットを一緒に動かして、パンケーキに飾りつけをします。体が自由に動かせない人も、ほかの人と力を合わせて、作ることを仕事にできる。そういう未来を試しています。

動画:Project Cybernetic being(プロジェクトの YouTube 公式チャンネル)

研究室は、分身ロボットにも早くから取り組んできました。2012年に舘暲先生たちと作った「TELESAR V(テレサ ファイブ)」は、人が分身ロボットと一体になって、ロボットの手でさわった布の手ざわりまで感じられるロボットです。

出典:Embodied Media Project「TELESAR V」(作ったのは Charith Fernando・MHD Yamen Saraiji・黒木帝聡・古川正紘・南澤孝太・舘暲)

白い丸い頭に黒いカメラの目が2つある人型ロボットの頭と肩。後ろに展示の説明パネルがある
日本科学未来館に展示された分身ロボット TELESAR V(2015年)
写真:Franklin Heijnen/CC BY-SA 2.0(Wikimedia Commons)

どんな人が研究しているか

研究室の作業台で、配線のむき出しの試作のグローブを前に、口をへの字にしてにらみながらはんだごてを持つ、黒髪をおだんごにした女子大学院生。「まず作って試してみる」の文字。

研究室を率いる南澤孝太先生は、東京大学の工学部 計数工学科を2005年に卒業し、2010年に同じ東京大学の大学院で博士(情報理工学)をとりました。その年に慶應のKMDに移り、2019年に教授になりました。今はKMD全体の長(研究科委員長)でもあります。

  • 南澤孝太 教授:触覚、VR、人間拡張が専門。グッドデザイン賞を2012年・2016年・2017年に受賞
  • 教員は8人
  • 学生は、博士課程20人、修士課程19人

出典:慶應義塾大学 研究者情報データベース(K-RIS)「南澤孝太」、KMD「南澤孝太」、Embodied Media Project「Members」(人数は公式サイトのメンバー一覧を2026年10月12日に数えたもの)。研究室の卒業生だけの進路は公式に出ていないので書いていない

修士課程の学生には、2026年の春に入った人が5人います。今も新しい学生を受け入れている研究室です。 KMDの教員紹介にも、南澤先生は修士課程・博士課程の学生を指導できる、と書かれています。

KMDは、外国から来た学生が多い大学院です。2024年12月の時点で、学生276人のうち6割以上が外国籍でした。いろいろな国の学生がチームを組んで学びます。

出典:KMD「在学生の内訳」(2024年12月2日時点:修士209人・博士67人。日本人で学部から直接入った人26%、日本人の社会人9%、外国籍で学部から直接入った人62%、外国籍の社会人2%)

塾長 小池

研究室の学生の半分が博士課程の学生です。大学院でじっくり「作る研究」をする人が集まっています。

この研究室に入るには

大学のイチョウ並木を、英語のメモを持って口の中で発音を練習しながら歩く、短い茶髪の女子大学生。「入試も授業も英語で」の文字。

KMDは、学部のない「大学院だけの研究科」です。学部はほかの大学やほかの学部で学び、大学院から入ります。 KMDは、これまでの学問の分野の境目をこえて研究することを掲げています。

道流れ
大学を出てから入る(基本の道)どこかの大学の学部を卒業する → KMDの修士課程の入試に受かる → 南澤先生の研究室で研究する
慶應の中から入る(道の1つ)慶應義塾大学に入る(例:SFCの環境情報学部)→ 学部で情報・デザインを学ぶ → KMDの修士課程の入試を受ける

出典:KMD「入学案内」「修士課程」「KMDについて」。慶應の中の道は小池の勧めで、KMDの入試は慶應の学生も外の大学の学生も同じ

SFC(湘南藤沢キャンパス)の環境情報学部は、学年に関係なく、必要な授業を必要なときに取れる学部です。中心になるのは「研究会」というゼミで、原則は2年生から、力があれば1年生からでも研究に入れます。 作りながら考える学び方は、KMDとよく似ています。

出典:慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス「研究会」「カリキュラムの特徴」(環境情報学部の1学年の定員は425人)

KMDの修士課程の入試は、年3回あります。入学は4月か9月を選べます。大事なのは、2026年度から、入試も授業も原則として英語になったことです。

入試で見られるもの中身
書類なぜKMDで何をしたいか(英語の作文)、これまでに作ったもの・したこと、Creative Challenge という課題
面接英語で、口頭で質問に答える
英語のスコアTOEFL・IELTS・PTEのどれか(TOEICは使えない)

出典:KMD「修士課程」「入学案内(よくある質問)」。2026年度の出願は、第Ⅱ期が8月26日〜9月3日、第Ⅲ期が12月2日〜10日

場所は、横浜市の慶應義塾大学 日吉キャンパスの協生館です。東急東横線の日吉駅から歩いて1分です。

道路ぞいに建つ、ベージュの壁の大きな建物
KMDが入っている慶應義塾大学 日吉キャンパスの協生館(横浜市・2009年)
写真:塾生 (talk)/CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)

出典:KMD「アクセス」

学部や大学の選び方は、慶應義塾大学の紹介と理学部・工学部・情報学部ってどんな学部?にまとめました。

中高生のうちにできること

大きな展示会場で、小さなブースの台の上の振動する装置に手のひらを置き、目を丸くして息をのむ館山中の女子。「さわって体験しに行こう」の文字。

いちばん近いのは、KMDが毎年開く展示会「KMD Forum」に行くことです。学生たちが作ったものを、その場でさわって体験できます。

行事いつ・どこで入場
KMD Forum 20262026年11月8日(日)10時〜17時、東京・竹芝(東京ポートシティ竹芝 オフィスタワー/産業貿易センター)無料

出典:KMD Forum 2026 公式サイト(forum.kmd.keio.ac.jp)。中高生が入れるかの決まりは書かれていないので、行く前に公式サイトの問い合わせ先で確かめること

南澤先生の研究室は、2020年4月から2026年3月まで、東京・お台場の日本科学未来館に研究室を置いていました。未来館には最先端の科学技術の展示がそろっていて、家族で行ける場所です。

出典:日本科学未来館「Cyber Living Lab」(入居期間 2020年4月〜2026年3月)

ガラス張りの丸い大きな建物。手前に「Miraikan」の看板と木がある
東京・お台場の日本科学未来館(2009年)
写真:katorisi/CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)

教科で言うと、いちばん大事なのは英語です。KMDの入試も授業も英語で、研究室には世界中から学生が集まります。次に数学と物理です。さわった感じの正体は「震え」で、震えは高校の物理の「波」と、数学の三角関数で表します。ゴーグルの中の世界を作るのは、プログラミング(情報)です。

塾長 小池

「さわった感じを送る」という夢のような話も、中身は英語と数学と物理です。まず目の前の1問から逃げないことです。

まとめ

夜の自分の部屋の机で、英単語帳を横に開いたまま、ノートに数学の問題を解くのに没頭する館山中の男子。机の端に紙コップが1つ置いてある。「英語と数学が入り口になる」の文字。
  • Embodied Media Projectは、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)の南澤孝太先生の研究室。体で感じたことを記録して、ほかの人と分け合う技術を作っている
  • 紙コップで感触を送るTECHTILE、音楽を全身で感じるスーツ、ドコモと作ったFEEL TECHを生んだ
  • 国のムーンショットで、分身ロボットで体や場所の制約をこえる研究のリーダーもしている
  • KMDは大学院だけの研究科。学部はほかで学んで、大学院から入る。入試も授業も原則英語
  • 近づく勉強は、英語・数学・物理・情報

この記事を書いた人

小池哲平のアバター 小池哲平 ランゲージ・ラボラトリー塾長

ランゲージ・ラボラトリー塾長、東進衛星予備校 館山校オーナー。安房郡白浜町(今の南房総市白浜町)に生まれ、白浜中から安房高校へ。高2で学年82人中81位まで落ちたところから、浪人して慶應義塾大学経済学部に合格しました。リクルートで4年働いたあと2011年に1993年開校の塾を先代から引き継ぎ、2015年から館山で小中学生を教えています。2026年卒の中学3年生は30名中8名が学年1位。志学館高校のSS特待には3年続けて合格者を出しています(2024年4名・2025年5名・2026年6名)。東進館山校は2026年の共通テストで平均+218.4点(千葉県内1位)。館山・南房総の高校入試を、塾で見てきた事実と数字で書いています。
塾長のプロフィール ランゲージ・ラボラトリーについて

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