\24時間OK/
\平日9-16時 土日祝9-18時/
\無料、お気軽に!/
ランゲージ・ラボラトリーの小池です。
偉そうに話をしている僕ですが、中学生の時はなんで勉強するの?こんなことやって何の意味あんの?って母親によく聞いていました。テストの点数が悪ければ落ち込み、やってもやっても成果が出ないと言っていることもありました。(今考えるとそんなにやってないのに 笑)
母親は勉強しなさいとか言うタイプではありませんでした。割と完全放任タイプで、塾行きたいとか本買いたいとかに対してお金はいくらでも出してくれるんですが、管理したりコントロールしようとする感じは全くありませんでした。
だから自分で考えて自分で答えを見つけた感じです。管理もされないので、成績にムラがあって気分が成績にすごく反映しました。中だるみ期の中2と、高2は成績が悪かったです。そんな僕がどうやって勉強する意味を見つけたか。そんな話をしたいと思います。


高2でくさっていた僕は、成績がかなり下がっていました。高二の時は安房高校の理系クラスにいて、82人いたのですが81番。
学校にもよく遅刻していったり、昼ご飯を食べにジャスコ(現在のイオン)に食べに行ってめんどくさいからそのままサボるとか、何分か遅れて6時間目から参加するとか割と自由な高校生活を送っていました。
ところが高三になると周りの同級生たちも受験生だなと言う感じになってきます。進路どうすると言う話題も上がってきて、僕も考えなければなりませんでした。
高三の体育はソフトボールが始まりました。小中と野球少年だった僕は高校ではついていけないと思って野球部には入っていませんでした。久しぶりにやっと野球(ソフトボールですが)がたまらなく面白い。僕みたいな野球部崩れも何人かいて、ソフトボールの授業の時に野球部崩れを発見しては、仲間を見つけたような気分でなんだかちょっと嬉しかったです。高校野球をやっている同級生たちはやっぱりうまくて、そんな野球部員たちと一緒にできるのも嬉しかったです。
野球熱が再燃して、やっぱり野球やりたいなぁと思い、当時の野球部のグランドの裏手にある空き地(現在のオドヤ北条店)で、部活のテニス部をサボって数人で野球の練習をし始めました。テニスはそれほどやる気がある部活ではなかったので、いったりいかなかったりでも全然オッケーだったのですが、さすがに部活の時間にすぐ近くの空き地で野球やっている姿には、当時の温厚だったテニス部の先生も怒りました。
この事件をきっかけに、一緒に野球をやっていた仲間がテニス部を退部。僕は謝ってテニス部に戻してもらいました。でも野球は面白かったのでチームを作ってやりたいねと言う話になり、昔もちょこちょこサボりながら(そのかわり先生の目の届かないところに行き)草野球チームを受験生を控えた高三で作ってしまいました。9月から始めたと思うのですが、3試合ぐらい試合をこなした実績があります。藤原の第二グラウンド?丘の上の所を借りたり、中学校のグラウンドを日曜日に借りたりしてやりました。対戦相手は大人。
と、高三の10月までがっつり遊んでおり、全く勉強していないような状態。進路も当時は美容師になろうかなぁと思っていました。ドラマビューティフルライフの影響で、カリスマ美容師ブームの当時。
友人の髪の毛を切らせてもらったり(完全なる素人の僕ですが)、弟の髪の毛を切ったり、自分の髪をちょこっと切ったりと実践経験を積んでいました 笑
でもなんとなくしっくり来なくて、大学に行くって言っている同級生も多いので、なんでみんな大学に行きたいのかな?と疑問に感じていました。母親に聞いてみると、「手に職をつけた方が良い」と昔からの口癖。でも大学に行ったら手に職はつかないよね?しかも学歴なんて関係ないって言われてるよね? (当時テレビや新聞などで、学歴社会崩壊みたいな感じでよく言われてました。)
学歴に意味がないんだったらば、なんでみんなそんな大変な勉強して大学に行こうとしてるんだろう?偏差値とか別に高いとこ目指さなくてもいいし。
館山高校卒で、高卒で就職をした母は大学と言うものはよくわかっていませんでした。自分で答えを見つけなければならない。よく学校帰りに宮沢書店や駅前の松田屋に行って立ち読みをしていたのですが、大学の案内の本を見てもいまいちピンとこない。
それもそのはずそういった類の本は、大学の広報が載せている情報で、どこも同じようなことが書いてある。綺麗事ばかりが並んでいる状態。載っている情報も住所や、学部の名前、そんなの見ても意味がない。この大学に入るとどういういいことがあるか、それをシンプルに知りたかったのです。
そんなモヤモヤを引きずりながら、何となく過ごしていた高三の10月ごろ1冊の本との出会いがありました。大学図鑑です。
大学に行くとどうなるのか、学部の選び方、それぞれの大学はこんなふうに世間から見られている(大学のカラー)かを主観を交えて思い切って書かれた本で、本当に面白かった!毎日その本を読み、当時おしゃれになりたかった僕は、上智か、立教か、青学に行きたい(いわゆるミッション系)と考えました。
模試の偏差値は40だった僕ですが、大学図鑑を見て難関大学に行かないと意味がないと思いました。学部とかどうでもいいとにかく偏差値だ!とにかくブランドだ!社会がそうやってなってるんだ!
と思いました。確かに僕は高校に進学して、中学と比べてかなり環境がよかったです。同級生のレベルが高くてなんて心地いいんだろう。なんて尊敬できる人たちなんだろうと、感じていました。
レベルの高い大学=レベルの高い人材が集まる→最高の成長空間。と言う理解になりました。
そこから、受験の仕組みを学び、偏差値40の僕でも難関大学に受かる戦略を練りました。小学生の頃に読んだ三国志がきっかけで、戦略の重要性を感じていました。資源を集中投下すれば、弱小国でも強国に勝てる。
私立文系は、英語と国語は必須で、社会か数学が選択できるらしい。一般的には文系の人は数学ができないから、社会を選択する人が多いらしい。
それならば逆張りをして数学を選択した方がライバルが少ないから得なのかな?と思っていろんな大学の倍率を見るとどうやらそれは多分そうみたいで、社会よりも数学受験の方が倍率が低かったです。やっぱそうだよな文系の奴らは数学嫌いだもんなぁ。ここは数学で行こうと決意。
高2の腐り期の前までは、数学はそれなりに得意でした。だからなんとかなるだろうと。
それからさらに研究を進めていくと、国語には古文と漢文と現代文があるが、基本的には古文と現代文を必須としている大学が多い。しかしよくよく見てみると、現代文のみで受けられる大学もある。これは狙い目なのではないかと思いました。
古文がない大学をピックアップすると、上智の経済学部と、上智の経営学部がありました。あとは早稲田の社学。人間科学。しかし残念なことに、青学と立教は古文がありました。
早稲田はダサイけど、他にないからしょうがないから受けるか。人間科学は行きたくないから、外そう。(完全に身の程知らずな上から目線。)
古文はやらずに、青学と立教は古文なしでも受かる実力をつける。そもそもマークシートだし4分の1で当たるはずだから、全く勉強せずに4分の1正解するっていうのは結構コスパが良いはず。
そう考えて古文の勉強せずに大学受験すると言う戦略を立てました。結構これは思い切った戦略で、私立文系で古文の勉強していない人は1人もいませんでした。
10月から受験勉強を始め、死に物狂いで4カ月間努力をしましたが当然全滅。この後も色々とドラマがあるのですが、今回は関係ないので割愛。これが僕が勉強する意味を見つけた話です。
まとめると、無味乾燥に思えた大学選びが、大学図鑑の出会いによって面白いものに変わったということですね。いい大学は、お金が稼げる、モテる、というイメージを持ったんです。
でも出会ったのは高校3年生の10月だったので、全然受験には間に合いませんでした。浪人をしました。浪人生活は大変でしたが、とても自分を成長させてくれていい思い出です。現役で受かるよりもむしろ浪人して良かったと思っています。(浪人したことで志望校も1ランク上げて、慶應にしました。)
結局、お金とモテっていうのが僕の勉強の理由になったのです。慶應はモテるとかお金が稼げるってイメージは、大学図鑑と出会うまでの僕にはなかったです。もっと早くそういうイメージがあったら、多分それなりに早くから努力をしていたのかもしれません。


勉強する理由を8つに整理した記事もあります。大学の自由、好きな仕事、学歴別の生涯賃金、頑張る力まで、中学生向けにまとめました。


生涯賃金を比べると、男性の高卒は約2億4,000万円、大卒は約2億8,700万円で、差は約4,600万円あります(退職金込み。AFG社の試算、2017年公表)。だから宝くじを当てるのは不可能だけど、大卒になると言うことで自力で宝くじの当たりをつかむようなものだと思います。そして大卒と言うだけでなく、難関大学卒であればそれだけ給料が高いって言うデータは当然あります(同じ試算で、慶應義塾大学の卒業生は約4億4,000万円)。
実感値としても、同級生達と会うと僕はお金の話が好きなんで聞いちゃいます。するとみんな結構いい給料もらってます。30代半ばのころ、サークルの同期会で顔を合わせると、同級生はほぼほぼ年収1000万円を超えていました。
YouTubeとかプロスポーツ選手と比べると大したことないと感じると思うんですが、1000万円越えを30代っていうのは結構凄いんですよ。国税庁の民間給与実態統計調査(令和6年分)では、1年を通じて働いた人のうち年収1000万円を超えるのは6.2%、男性でも9.7%です。1本と言う言い方があるのですが、年収1000万越えと言うのは大人にとっての1つの目標です。
合コンに行って、「大学どこ?」「慶応だよ。」「えっ慶応?(目がキラーン)」みたいになるのはよくある話。(もちろん、相手が同じレベルの大学だと通用しませんが…。)
馬鹿なことを言ったり、やったりしても、でもあいつは慶応だからホントは頭が良い。頭が良いのにああいう馬鹿なことができてなんかすごい。って勝手に評価が上がったりします。結構得します。
小学生や、中学生だと足が速いとかスポーツができるっていうのがモテの要素だと思うんですが、それってどんどんと変化をしていきます。
もちろん、顔やファッションなど見た目面も重要なのですが、そこはいくらでも改善ができます。髪の毛をいい美容院で定期的に切ったり、ちゃんとスタイリングをしたり、おしゃれに見える服装をしたり、これは勉強すればいくらでも可能。あんまりセンスとか関係ないと思います。
勉強にはある程度頑張る力が要求されます。大学受験だと1日中勉強する生活を毎日続けなきゃいけないし、中学生でも定期テストだとテスト前にたくさん勉強してる子が良い成績を取るでしょう。全然勉強してない(=頑張る力が弱い)人は成果がでません。
後は本質をつかむ力。本質っていうのはちょっと難しい言葉だけど、物事の中心となる部分。奥深くの重要な部分と言うイメージです。例えば、自学ノート。1日1ページやるのが宿題として出されていた時に、本質的には自分で主体的に勉強する力を養うと言うのが目的だと思うんですが、とにかく埋めて宿題をこなして終わらせると言うふうに勘違いしてやってる人が多いですよね。学校のワークもそう。宿題だから何ページまでやって体裁を整えて提出する。とにかくこなせば良い終われば良いというのが本質を見失った考え。本質的には勉強を理解することが目的です。
数学でもそう。ちゃんと本質をつかんで理解していれば忘れないですが、解き方を習ってそれを暗記してよくわかんないけど解いている人はすぐ忘れちゃいます。そんなのつまんないし、意味ないってことに気がついていない。とりあえずその場はできるし、定期テストまでは記憶を保持することもできなくは無い。でもそれって高校受験に通用するのかな?とかもっと難しくなってきたときに大丈夫なのかな?とか考えていない。目先のことだけ考えていて、もっと先を見据える力がない。
がんばる力と、本質をつかむ力がある人が難関高校に進み、そういう人たちだけに囲まれて過ごすのでどんどんと成長ができます。(同級生が与える影響は大きい。)
だから、勉強っていうのはがんばる力と本質を見抜く力が要求されて、勉強してる中でだんだんとそれが磨かれていきます。これってどんな仕事にも通用する力で、だから難関大学の出身者がいい給料もらっていい会社で働いてる。
だから、勉強って結構いいことがあるんだなぁというのが僕の実感。でも、まだそれを受け止める時期に来ていない人に無理に押し付けようとは思いません。自分が本当に感じている事は何なのかと向き合っていくと、自ずと出会いがあるはず。
僕は美容師でいいかなと思っていましたが、何となくモヤモヤした気持ちがそこにはあって、だから宮澤書店の大学の本が置いてあるコーナーに足を運んだんだと思います。大学の正体が、何かわかんなくてモヤモヤすると言う気持ちに正直に向き合ってよかったです。
小池が安房高校から浪人して慶應に入り、リクルートを経て塾長になるまでは、館山の学習塾ランゲージ・ラボラトリー 塾長 小池哲平のプロフィールにまとめています。
勉強する意味を一緒に考えるところから始めたい中学生・保護者の方は、無料体験で話を聞きに来てください。
まずは今の力を知るところから。10月25日(日)の全国統一中学生テストは、暗記ではなく考える力を見てくれるテストです。当塾会場で無料で受けられます(申込締切 10月22日)。
ランゲージ・ラボラトリー塾長、東進衛星予備校 館山校オーナー。安房郡白浜町(今の南房総市白浜町)に生まれ、白浜中から安房高校へ。高2で学年82人中81位まで落ちたところから、浪人して慶應義塾大学経済学部に合格しました。リクルートで4年働いたあと2011年に1993年開校の塾を先代から引き継ぎ、2015年から館山で小中学生を教えています。2026年卒の中学3年生は30名中8名が学年1位。志学館高校のSS特待には3年続けて合格者を出しています(2024年4名・2025年5名・2026年6名)。東進館山校は2026年の共通テストで平均+218.4点(千葉県内1位)。館山・南房総の高校入試を、塾で見てきた事実と数字で書いています。
塾長のプロフィール ランゲージ・ラボラトリーについて