デジタルネイチャー研究室(筑波大学・落合陽一):技術とアートの間をつくる研究室

暗い展示室で、音の力で空中に浮かぶ小さな光の粒を見上げて、目を丸くする茶髪の女子大学生。「筑波大学・落合陽一の研究室」「技術とアートの間」「音で物を浮かせる研究も」の文字。

ランゲージ・ラボラトリーの小池です。

音だけで小さな粒を空中に浮かせて、絵を描く。鏡の膜でできた建物が、風に合わせて形を変える。こうした「見たことのないもの」を、コンピューターの技術で作っている研究室があります。筑波大学のデジタルネイチャー研究室、落合陽一先生の研究室です。

「研究室で選ぶ」の1本目は、AIの研究室でした。今回はがらっと変わって、ロボットでもAIそのものでもなく、技術とアートの間を研究する研究室を紹介します。プログラムも書くし、作品も作る。理系の研究にはこういう道もあります。

目次

ひとことで言うと、何の研究?

木の葉や蝶が小さな光の粒でできている不思議な森の中で、夢中で見上げる館山中の女子。「コンピューターが自然の一部になる」の文字。

デジタルネイチャー研究室の研究をひとことで言うと、コンピューターが空気や水のように当たり前になった世界で、人と機械、本物とデジタルの間に、新しい「見え方・触れ方・感じ方」を作る研究です。

研究室はこの世界を「計算機自然けいさんきしぜん(デジタルネイチャー)」と呼んでいます。スマホの画面の中だけにあったデジタルが、外に出てきて、光や音や物そのものになる。その先の世界を、実際に作って確かめる研究室です。

公式の案内に並ぶ研究の分野を、中学生向けに言い換えるとこうなります。

研究の分野中学生向けに言うと
超音波ちょうおんぱ浮揚ふよう・音響立体ディスプレイ耳に聞こえない音の力で、小さな物を空中に浮かせて動かし、空中に絵や文字を描く
実世界志向グラフィクス画面の中のCGではなく、本物の光や物を使って映像を作る
インタラクション人とコンピューターのやりとりを、もっと自然で楽しいものにする
メディアアート・デジタル展示研究した技術で作品を作り、美術館や博覧会で見せる
コミュニケーションデザイン・ユーザ評価作ったものが本当に人の役に立つか、使う人に聞いて確かめる

出典:筑波大学 デジタルネイチャー研究室「2027年度卒研配属について」(2026年10月5日)、「VISION」。中学生向けの言い方は小池が言い換えた

研究室の名前を世界に知らせたのが、2014年の「Pixie Dust(ピクシーダスト)」です。たくさんの小さなスピーカーから超音波を出し、音の力で小さな粒をいくつも空中に浮かべて、粒を点のように並べて絵を描きました。粒どうしの間は4.25mm、動く速さは最大で秒速72cm。コンピューターグラフィックスの国際学会 SIGGRAPH(シーグラフ)で発表しています。

出典:筑波大学 デジタルネイチャー研究室「Pixie Dust」(ACM Transactions on Graphics 33巻4号、2014年)

上と下に小さなスピーカーを並べた装置のあいだの空中に、赤い一時停止の標識「STOP」が光で浮かんでいる
音の力で空中に浮かせた1〜2mmの粒を動かしながら光を当て、長い時間シャッターを開けて撮ると、空中に「STOP」の標識が描ける(撮影は伏見助教・2019年)
写真:Tatsuki Fushimi/CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)

この研究は今も続いています。2026年には、片側からだけ音を当てて、装置から14〜40cmも離れた空中に粒を浮かせ、上下・左右・前後に動かすことに成功しました。これまでの片側から当てるやり方の約6倍の距離です。アメリカ物理学会の雑誌「Physical Review Letters」に載りました。

出典:筑波大学 デジタルネイチャー研究室「Midair Single-Sided Acoustic Levitation…」(Physical Review Letters 137, 094001、2026年)

アートだけではありません。目の見えない人が手で触って物を確かめるのを、指輪の形のカメラと音声で手伝う研究や、ブラインドサッカーを目の見えない人も楽しめるように自動で実況する研究も進めています。技術で「見え方」を変えることは、困っている人を助けることにもつながります。

出典:筑波大学 デジタルネイチャー研究室「A Ring Camera for Understanding Through Touch」(CHI ’26)、「Toward Automated Commentary System for Blind Football」(2026年10月)

動画で見る

この研究室は、文章で読むより見たほうがずっと早く伝わります。まずは落合先生本人のチャンネルにあるPixie Dustの紹介です(2分36秒)。音だけで物が浮いているところを、まず自分の目で確かめてください。

次は、大阪・関西万博の公式チャンネルが出した、パビリオン「null²(ヌルヌル)」のコンセプトムービーです(2分37秒)。鏡の建物がぐにゃりと動く様子は、研究室の「本物とデジタルの間」がそのまま建物になったものです。

じっくり見たい人は、日テレNEWSの17分の動画を。万博の開幕前に公開されたnull²の中を、落合先生本人が解説しながら歩きます。パビリオンの前には、落合先生が大学院生のころに作った作品も置かれていて、研究がどう育ってきたかも分かります。

動画:Yoichi Ochiai(本人の公式チャンネル)、Expo2025 大阪・関西万博(公式チャンネル)、日テレNEWS(いずれも YouTube)

研究室から生まれたもの

青空の下、ゆがんだ鏡のように空と人を映す銀色の建物の前で、映った自分を見つけて満面の笑顔になる大学生の女性。「研究を作品と建物にする」の文字。

この研究室のいちばん大きな特徴は、研究を論文で終わらせず、作品・建物・会社にして世の中に出すことです。

いちばん大きな例が、2025年の大阪・関西万博のシグネチャーパビリオン「null²」です。落合先生がプロデューサーとして、テーマ「いのちを磨く」を担当しました。「null(ヌル)」はプログラミングの言葉で「値がない」こと。外側は形を変える鏡の素材でできていて、中では天井と床の鏡のLEDが、どこまでも続くような景色を作ります。来場者は自分の体をスキャンして作った分身「Mirrored Body(ミラードボディ)」と話をします。

出典:大阪・関西万博 公式サイト(アーカイブ)「null² パビリオン紹介」

青空の下、鏡でできた大小の立方体が組み合わさった建物。表面が波打ち、周りの景色がゆがんで映っている
大阪・関西万博のシグネチャーパビリオン「null²」の外観(2025年4月)
写真:Yoichi Ochiai/CC BY-SA 2.0(Wikimedia Commons)

万博が閉幕するときに、読売テレビがnull²を振り返った4分の動画です。見られなかった人でも、雰囲気がよく分かります。

null²は万博で終わりではありません。2026年10月14日(水)、横浜ランドマークタワーのランドマークプラザ5階に、後を継ぐ常設のミュージアムシアター「null²ⁿ(ヌルヌルネクサス)」が開きます。万博では1部屋だったLEDシアターが、2部屋になります。さらに2027年3月に横浜で始まる国際園芸博覧会「GREEN×EXPO 2027」では、「null⁴(テトラヌル)」が公開される予定です。

出典:株式会社サステナブルパビリオン2025 ほか プレスリリース(2026年7月14日)、null²ⁿ 公式サイト(null2.nexus)

暗い部屋の天井と床が鏡のようになり、白い光の粒の模様を映した板が上下にどこまでも並んで見える
null²の中。天井と床の鏡のLEDが、どこまでも続くような景色を作る(大阪・関西万博・2025年4月)
写真:Yoichi Ochiai/CC BY-SA 2.0(Wikimedia Commons)

会社もあります。落合先生は、研究と同じ名前の会社「ピクシーダストテクノロジーズ」を2015年につくりました。音や光などの波を使う技術を製品にする会社で、2023年にはアメリカの株式市場ナスダックに上場しています。

出典:筑波大学 研究者情報(TRIOS)「落合 陽一」、ピクシーダストテクノロジーズ プレスリリース(2023年8月)

伝統の工芸と組み合わせた作品も、この研究室の得意分野です。山形の織物「置賜紬おいたまつむぎ」の職人と一緒に作った、持ち運べる茶室は、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で展示されました。

出典:Wikimedia Commons「Null-Beni-An Nouvelle Neant by Oitama Tsumugi x Yoichi Ochiai」(2024年9月撮影)、筑波大学 デジタルネイチャー研究室「EXHIBITION」

博物館の展示室に、赤く透ける布を張った箱のような茶室と、しま模様の着物が並んでいる
置賜紬の職人と落合陽一が作った、持ち運べる茶室(ロンドン・ヴィクトリア&アルバート博物館・2024年)
写真:14GTR/CC0(Wikimedia Commons)

どんな人が研究しているか

夜の研究室で、小さなスピーカーを並べた装置から浮かべた白い粒がぽとりと落ちてしまい、悔しくて歯を食いしばる大学院生の男性。「うまくいくまで何度も試す」の文字。

研究室を率いるのは、落合陽一(おちあい よういち)教授です。

  • 筑波大学 図書館情報メディア系 教授、デジタルネイチャー開発研究センター センター長
  • 筑波大学の情報学群 情報メディア創成学類を卒業し、東京大学の大学院で博士(学際情報学)を取った
  • 2015年に筑波大学の助教になり、自分の研究室を立ち上げた
  • 研究者であり、メディアアーティストでもある。2023年に文部科学大臣表彰の若手科学者賞を受けた

出典:筑波大学 研究者情報(TRIOS)「落合 陽一」、デジタルネイチャー研究室「PEOPLE」

白黒の写真で、こちらを見つめる落合陽一さんの顔と肩
落合陽一 教授(2023年7月)
写真:Joi Ito/CC BY 2.0(Wikimedia Commons)

落合先生はこの研究室のある学類の卒業生です。自分が学んだ場所に戻って、研究室を作った人です。

ほかに、超音波や物の動かし方を研究する伏見(ふしみ)助教と、コミュニケーションデザインやデジタル展示を研究する李(り)助教がいます。研究室のメンバーのページには、博士課程の学生が28人、修士課程の学生が16人、学部生が6人、研究生が4人、研究員が5人載っています。学部生より大学院生がずっと多い研究室です。

出典:筑波大学 デジタルネイチャー研究室「PEOPLE」(2026年10月11日に数えた)、「ABOUT」。卒業生の進路は公式に出ていないので書いていない

落合先生は、国の「未踏(みとう)IT人材発掘・育成事業」で若い人の挑戦を見る役(プロジェクトマネージャー)も務めています。その立場からnull²を語った3分の動画です。

動画:IPA Channel(情報処理推進機構の公式チャンネル、YouTube)

この研究室に入るには

大学のゼミ室の前で、ガラス越しに数脚しかない椅子を見つめ、少ししょんぼりする茶髪の男子大学生。「学部から入る枠は毎年わずか」の文字。

道は2つあります。

道流れ
筑波大学に入る(学部から)筑波大学 情報学群の「情報メディア創成学類」か「知識情報・図書館学類」に入る → 3年生の秋に研究室を選び、面談を受ける → 4年生で卒業研究
ほかの大学から入る(大学院から)ほかの大学で研究をして、英語の論文やポスター発表の経験を積む → 履歴書と研究計画書を研究室のフォームから送る → 筑波大学大学院 人間総合科学学術院 人間総合科学研究群「情報学学位プログラム」の入試を受ける

出典:筑波大学 デジタルネイチャー研究室「ABOUT」「2027年度卒研配属について」、筑波大学 図書館情報メディア系「大学院」

学部から入るときの枠は、2027年度の卒業研究で情報メディア創成学類が6人、知識情報・図書館学類が2人です。情報メディア創成学類の入学定員は54人なので、入学してからも、研究室に入れるのは一部の人です。面談では、これまでの研究と、卒業研究でやりたいテーマをスライドにまとめて見せます。

出典:筑波大学 デジタルネイチャー研究室「2027年度卒研配属について」(2026年10月5日)、筑波大学 情報学群(入学定員)

大学院から入る道は、さらにハードルが高めです。研究室は、修士課程に入りたい人にも学会でのポスター発表の経験を求めています。その代わり、研究室は大学院からもう一度選び直せます。どの大学にいても、4年間で研究の力をつければ、この研究室をめざせます。

情報メディア創成学類は「作品で勝負するクリエーター」を育てる学類ではなく、技術で世の中を変えるエンジニアを育てる学類だと、学類自身が説明しています。アートに見えても、中身は情報の技術です。理系の学部の違いは理学部・工学部・情報学部ってどんな学部?に、AIの研究室は松尾研(東京大学)にまとめました。

中高生のうちにできること

高い階の展示室で、天井まで続く光の模様と鏡の作品に囲まれ、目を見開いて感動する館山中の女子。「まずは本物を見に行く」の文字。

いちばんのおすすめは、本物を見に行くことです。

見られるもの場所いつ
null²ⁿ(ヌルヌルネクサス)横浜ランドマークプラザ5階(横浜市西区みなとみらい)2026年10月14日(水)オープン、常設の予定。13歳以上は平日3,900円・土日祝4,500円。所要時間は約60分
null⁴(テトラヌル)GREEN×EXPO 2027(横浜)2027年3月に始まる博覧会で公開予定
常設展示「計算機と自然、計算機の自然」日本科学未来館(東京・お台場)未来館は工事で2027年4月22日まで休館。4月23日から再開

出典:null²ⁿ 公式サイト(null2.nexus)、サステナブルパビリオン2025 ほか プレスリリース(2026年7月14日)、日本科学未来館「施設整備による全館休館について」。料金・時間は変わることがあるので、行く前に公式サイトで確かめること

筑波大学のオープンキャンパスは、2026年は7月に終わりました(情報メディア創成学類は7月26日にオンライン)。次の年の日程は、筑波大学の入試のサイトで発表されます。研究室は個別の見学を受け付けていないので、オープンキャンパスと展示が入口です。

出典:筑波大学「オープンキャンパス2026(夏)」、デジタルネイチャー研究室「ABOUT」

家で見られる本物の大学の授業もあります。筑波大学の公式チャンネルにある、落合先生の特別講義です(65分)。長いので、最初の10分だけでも見てみてください。「計算機自然」が何なのかを、先生自身の言葉で話しています。

動画:OCW Tsukuba(筑波大学の公式チャンネル、YouTube)

この研究室の研究は、アートに見えて、中身は数学と物理です。音で粒を浮かせるのは、高校の物理で習う「波」と、たくさんのスピーカーの音の重なりを計算する数学。映像を作るのも、関数とベクトルの計算です。大学院から入るには英語の論文やポスター発表の経験が求められます。中学生のうちは、関数と英語の長文、それに理科の「音」の単元から逃げないこと。

塾長 小池

作品はすごく自由に見えますが、それを支えているのは地道な計算です。「面白いものを作りたい」人ほど、数学を味方にしてください。

まとめ

夜の自分の部屋で、ノートに波の形を描きながら、浮かぶ粒のしくみが分かってきてワクワクする館山中の男子。「アートの中身は数学と物理」の文字。
  • デジタルネイチャー研究室は、筑波大学の落合陽一先生の研究室。技術とアートの間で、本物とデジタルが混ざった新しい見え方・触れ方を作る研究をしている
  • 音で粒を浮かせるPixie Dustは2014年から今も続き、2026年にはアメリカ物理学会の雑誌に載った
  • 大阪・関西万博のnull²を作り、2026年10月14日には横浜にnull²ⁿが開く
  • 入る道は、筑波大学の情報メディア創成学類・知識情報・図書館学類から、または大学院の情報学学位プログラムから。枠は少なく、面談がある
  • 近づく勉強は、数学・物理(波)・英語

この記事を書いた人

小池哲平のアバター 小池哲平 ランゲージ・ラボラトリー塾長

ランゲージ・ラボラトリー塾長、東進衛星予備校 館山校オーナー。安房郡白浜町(今の南房総市白浜町)に生まれ、白浜中から安房高校へ。高2で学年82人中81位まで落ちたところから、浪人して慶應義塾大学経済学部に合格しました。リクルートで4年働いたあと2011年に1993年開校の塾を先代から引き継ぎ、2015年から館山で小中学生を教えています。2026年卒の中学3年生は30名中8名が学年1位。志学館高校のSS特待には3年続けて合格者を出しています(2024年4名・2025年5名・2026年6名)。東進館山校は2026年の共通テストで平均+218.4点(千葉県内1位)。館山・南房総の高校入試を、塾で見てきた事実と数字で書いています。
塾長のプロフィール ランゲージ・ラボラトリーについて

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