北川研究室(名古屋工業大学):数時間で建つ「インスタントハウス」を生んだ、災害のための建築の研究室

建築の研究室で、白いドーム型の家の模型を両手で持ち、目を輝かせるボブカットの女子大学生。「名古屋工業大学の研究室」「数時間で建つ家」「空気でふくらませる」の文字。

ランゲージ・ラボラトリーの小池です。

建築というと、高いビルや美術館をデザインする仕事を思い浮かべる人が多いはずです。でも建築には、もう1つの顔があります。家をなくした人に、1日でも早く住む場所を届けるという顔です。

その研究で日本の先頭を走っているのが、名古屋工業大学(名工大)の北川啓介先生の研究室です。先生が考えた「インスタントハウス」は、空気でふくらませて数時間で建つ家です。能登半島地震でも、トルコの大地震でも、被災地で人の暮らしを支えてきました。

これまでのシリーズは、AIやロボット、生き物の研究室でした。今回は建築です。数学と物理が、人の命と暮らしを直接守る研究を紹介します。

目次

ひとことで言うと、何の研究?

体育館の避難所で、段ボールのしきりと毛布が並ぶのを見つめ、胸を痛めた表情の茶髪の男子大学生。「仮設住宅まで3〜6か月」の文字。

北川研究室の研究をひとことで言うと、災害で家をなくした人に、早く・安く・丈夫で快適な家を届けるための建築の研究です。

大きな地震のあと、体育館の避難所で暮らす人たちが住む「仮設住宅」は、建つまでに何か月もかかります。その間、人は床に毛布を敷き、段ボールのしきりの中で眠ります。北川先生は、この「待つ時間」をなくそうとしています。

枯れ草の土手の向こうに、灰色の屋根の平屋の仮設住宅が何列も並んでいる。手前に作業用のトラックと青いシートが見える
東日本大震災の津波で家をなくした人のための仮設住宅(宮城県七ヶ浜町・2011年4月)
写真:Daisuke TSUDA/CC BY-SA 2.0(Wikimedia Commons)

先生の研究分野は「建築・デザイン」です。大学が出している研究のキーワードを、中学生向けに言い換えると、こうなります。

研究のキーワード中学生向けに言うと
建築設計建物の形やしくみを考えて、図面にする
建築意匠建物の見た目や、中にいる人の気持ちまで考えてデザインする
防災計画災害が起きる前と後に、町や建物がどう備えるかを考える
まちづくり人が集まって暮らす町を、住む人と一緒に作る
ものづくり文化論人がものを作ってきた歴史と工夫から、新しい作り方を考える

出典:名古屋工業大学「大学案内 2023」の研究者紹介(北川啓介 教授)。中学生向けの言い方は小池が言い換えた

空気でふくらませる家「インスタントハウス」

広い空き地で、送風機の空気で白いドーム形の家がふくらんでいくのを、目を見開いて喜んで見る男子大学院生。「布に空気、中に断熱材」の文字。

研究室の代表作が、インスタントハウスです。作り方は3つの手順だけです。

  • ふくらませる:ドーム型の布(テントシート)を地面に固定し、送風機で空気を入れて大きくふくらませる
  • 吹きつける:ふくらんだ布の中に入り、内側から断熱材だんねつざい(熱を通しにくい材料)のウレタンを吹きつける
  • 完成:しばらく乾かすと、布とウレタンが一体になって家ができる

ふつうの家は、基礎を打ち、柱を立て、職人が何人も何週間もかけて建てます。インスタントハウスは、1棟を3〜4時間、早ければ2時間で建てられます。それでいて、建物に置きかえた目安で、震度6強の地震でもくずれず、風速80メートルの風にも耐えます。

出典:LIFULL「トルコ・シリア大地震の被災地に簡易住宅として最短2時間で組み立てられる『インスタントハウス』を設置」(2023年4月24日)

きっかけは、小学生のひとこと

始まりは2011年の東日本大震災です。北川先生は宮城県石巻市の避難所で、小学3年生と4年生の男の子にずっとついて回られました。そしてグラウンドを指さして、こう言われました。

「なんで仮設住宅かせつじゅうたくが建つまで3〜6か月もかかるの。大学の先生なら来週建ててよ」

何もしてあげられなかった。それが悔しくて、名古屋に帰る便の中から研究を始めた、と先生は話しています。

展示室の中に、木の枠とガラスの扉がついた、小さな仮設住宅の入口が2つ並んでいる
東日本大震災のあと石巻市で使われた仮設住宅(震災遺構 門脇小学校での展示・2022年)
写真:Yasu/CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)

出典:CBCテレビ「『何もしてあげられなくて…悔しくて』東日本大震災の被災地で出会った少年の言葉が生んだ“インスタントハウス”」(2024年1月)、名古屋工業大学「北川啓介教授、北川珠美研究員が2026年日本建築学会賞(業績)を受賞しました」(2026年4月15日)

ヒントはダウンジャケット

すぐに答えが見つかったわけではありません。「安くてすぐに建てられる家」を目指してから、数年は失敗が続きました。

ヒントになったのは、カバンから取り出した瞬間にふわっとふくらむダウンジャケットです。空気をたくさん含むものは、熱を通しにくく、音も通しにくい。しかも空気はタダです。

そこで先生は、ふつうの建物の特徴「大きい・重い・部材が多い」の反対をねらうことにしました。円柱の壁と円すいの屋根を1つにして、空気でふくらませる。こうすれば足場も基礎もいらず、空気を抜けばたたんで運べます。ペンシルバルーン(細長い風船)や大きなスポンジでも試作を重ねて、今の形にたどり着きました。

出典:名古屋工業大学「大学案内 2023」の研究者紹介

インスタントハウスには、使う場所に合わせていくつかの形があります。

種類どんなものか
屋外用空気でふくらませ、内側にウレタンを吹きつける。外に建てて住める
屋内用ダンボールで作り、体育館の中に置く。天井つきで、15分で組み立てられ、小学生でも組み立てられる
パージ型別の場所でふくらませて作り、切り分けて運んで、現地で組み立てる。現地の作業は1〜2時間。広さ15平方メートル、天井の高さ4メートル

出典:名古屋工業大学「北川啓介教授が能登半島地震の被災地へ屋内用インスタントハウスを届けました」(2024年1月5日)、LIFULL ArchiTech の発表(2023年12月20日、2024年1月15日)

東海テレビが、東日本大震災から12年の2023年3月に、インスタントハウスを開発した北川先生を取材した動画です(4分)。

動画:東海テレビ ニュースONE(YouTube 公式チャンネル)

動画で見る

インスタントハウスがどう建ち、被災地でどう使われているかは、動画で見るといちばんよく分かります。どれも大手テレビ局の公式チャンネルです。

1本目は、能登半島地震のときのCBCテレビのニュースです(5分)。北川先生が名古屋から車で約8時間かけて石川県輪島市に入ります。輪島中学校の避難所で白いシートに空気を入れると、数分でテントのような形にふくらみます。先生がこの研究を始めたきっかけも、本人の言葉で聞けます。

2本目は、同じ能登半島地震で、東海テレビが伝えた動画です(7分)。避難所の中に置くダンボールの小さな家で、少しでも心が落ち着く場所を作ろうとする取り組みです。

3本目は、2026年夏の熊本の地震で、MBSテレビが中継をまじえて伝えた特集です(16分)。家が倒れた氷川町で、インスタントハウスでの暮らしが始まっています。「早い・安い・丈夫で快適」のしくみを、くわしく説明しています。

動画:CBCニュース【CBCテレビ公式】、東海テレビ ニュースONE、MBS NEWS(いずれも YouTube 公式チャンネル)

研究室から生まれたもの

白いドーム形の家の中で、温かいお茶の湯気に包まれ、ほっとした笑みを浮かべる年配の女性。「能登に1200棟以上」の文字。

北川先生の研究は、論文で終わっていません。大学の外で、実際に人が使っています。

被災地に届けた家

時期どこへ何を
2023年4月トルコ南部の大地震の被災地(アンタキヤ市の市役所の敷地)3棟。市の職員が働き、泊まる場所に
2023年モロッコの大地震の被災地インスタントハウス
2024年1〜9月能登半島地震の被災地屋外用 約178棟、屋内用 約1050棟
2026年夏熊本の地震の被災地(八代市・益城町・氷川町など)屋外用

出典:LIFULL(2023年4月24日)、名古屋工業大学「北川啓介教授と北川珠美研究員がグッドデザイン賞、グッドデザイン・ベスト100、グッドフォーカス賞[防災・復興デザイン]を受賞」(2024年10月16日)、同「北川啓介教授が熊本地震の被災地でインスタントハウスを提供する支援活動を行っています」(2026年8月21日)

能登半島地震では、先生は地震の翌日に被災地に入りました。被災地に届ける家の費用は、名古屋工業大学への寄付でまかない、材料などにかかったお金だけにしています。

電柱が傾き、道路わきに赤と白の注意の筒が並ぶ町の通り。奥には崩れた建物のがれきが見える
能登半島地震で被害を受けた石川県輪島市の町(2024年2月)
写真:Hurohukidaikon/CC BY 4.0(Wikimedia Commons)

出典:名古屋工業大学(2024年10月16日)、名古屋工業大学基金「地球上で家に困る人々へのインスタントハウス基金」

会社と、ふだんの暮らしでの使い道

インスタントハウスを作って広めるために、名工大発の会社「LIFULL ArchiTech(ライフル アーキテック)」ができました。北川先生は、この会社の代表もつとめています。社名は、建築(Architecture)と技術(Technology)を合わせた言葉です。

インスタントハウスは災害のときだけのものではありません。キャンプ場やスキー場の泊まれる施設(グランピング)として、全国に100棟以上建っています。2024年1月には東京の東急目黒線の高架下に、インスタントハウスを使った個室のフィットネスジムができました。

出典:名古屋工業大学「大学案内 2023」、LIFULL(2023年4月24日)、LIFULL「LIFULL ArchiTechが組み立て式『インスタントハウス・パージ型』と東急の個室シェア事業と連携」(2023年12月20日)

2つの大きな賞

年賞
2024年グッドデザイン賞、グッドデザイン・ベスト100、グッドフォーカス賞[防災・復興デザイン](能登半島地震の被災地へのインスタントハウスの設置)
2026年日本建築学会賞(業績)(インスタントハウスを通じた国内外の住環境向上への先駆的貢献)

出典:名古屋工業大学(2024年10月16日、2026年4月15日)

日本建築学会賞(業績)は、建築の学術・技術・芸術を前に進めた、すぐれた仕事に贈られる賞です。美しいビルや美術館だけでなく、困っている人の暮らしを支える建築も、建築を前に進める仕事として認められました。

どんな人が研究しているか

夏の被災地で、倒れた家の向かいの空き地に、歯を食いしばって資材を運ぶ研究者の男性。「現場で町の人と建てる」の文字。

研究室を率いているのは、北川啓介(きたがわ けいすけ)教授です。

  • 1999年、アメリカ・ニューヨークの建築設計事務所で建物の設計をした
  • 2001年、名古屋工業大学の大学院で博士(工学)を取った
  • 名工大で助手・講師・准教授を経て、2018年から教授
  • 2017年には、アメリカのプリンストン大学で客員研究員として研究した

出典:日本建築センター「建築行政情報交流会セミナー」講師紹介(2026年10月28日開催分)

研究には、北川珠美(きたがわ たまみ)研究員も一緒に取り組んでいます。グッドデザイン賞も日本建築学会賞も、2人の連名での受賞です。

出典:名古屋工業大学(2024年10月16日、2026年4月15日)。研究室の学生の人数と、研究室だけの卒業生の進路は公式に出ていないので書いていない

熊本の地震のときのCBCテレビのニュースです(6分)。北川先生が中部空港から資材を持って熊本へ飛び、家が倒れた通りの向かいで、町の人と「場所と向きをみんなで決めましょう」と話しながら家を建てます。研究者が現場でどう動くかがよく分かります。

動画:CBCニュース【CBCテレビ公式】(YouTube 公式チャンネル)

この研究室に入るには

夜の自分の部屋で、大学のパンフレットを前に、建築に決めていいのか少し迷って考えこむ館山中の女子。「入試で建築を選ぶ」の文字。

道は3つあります。

道流れ
名工大に入る(学部から)名古屋工業大学 工学部 社会工学科の「建築・デザイン分野」を受験する → 建築を学び、卒業研究で研究室に入る
高専から入る高専を卒業して、社会工学科(建築・デザイン分野)の3年生に編入する
ほかの大学から入る(大学院から)ほかの大学で建築を学ぶ → 名古屋工業大学大学院 工学研究科 工学専攻の「建築・デザインプログラム」の入試に受かる

出典:名古屋工業大学「募集区分・募集人員」、同「2025年度 工学部 編入学・転入学 学生募集要項」、同「2027年度 大学院工学研究科(博士前期課程)一般選抜 学生募集要項」

コンクリートの門の向こうに、白と灰色の高い校舎が建っている大学の正門
名古屋工業大学の正門(名古屋市昭和区・2021年)
写真:Tomio344456/CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)

名工大は、入試のときから「建築・デザイン分野」を選んで受けます。入ってから建築に進めるかを心配しなくてよいかわりに、高校生のうちに「建築をやりたい」と決めておく必要があります。分野では、建物の計画・構造・材料・環境・都市・デザインまで、建築をまるごと学びます。

大学院の「建築・デザインプログラム」は、2027年度の受け入れの目安が25人ほどです。出願のときに、指導を受けたい先生を決めます。入試では、建築の計画・歴史・設計、環境、材料・構造の問題が出ます。大学で建築を学んだ人なら、大学院から研究室を選び直せます。

出典:名古屋工業大学「2027年度 大学院工学研究科(博士前期課程)一般選抜 学生募集要項」。何年生で研究室に入るかは、公式の案内で確かめられなかったので書いていない

建築の会社でどんな仕事をするかは、大成建設や積水ハウスの記事に、理系の学部の選び方は理学部・工学部・情報学部ってどんな学部?にまとめました。

中高生のうちにできること

中学校の校庭で、白いドーム形の家がふくらむのを見て満面の笑顔になる館山中の男子。「家が建つのを見に行く」の文字。

名古屋工業大学のオープンキャンパスは、2026年度は6月6日と7月31日でした(どちらも終わっています)。2027年度の日程はまだ出ていません。高校生になったら、大学の発表を見て申し込みましょう。

出典:名古屋工業大学「オープンキャンパス・イベント情報」(2026年10月11日に確認)

北川先生は、中学校でも授業をしています。2025年1月には名古屋市立瑞穂ケ丘中学校で、インスタントハウスを使った防災の授業がありました。中学生がインスタントハウスが建つのを見て、中での生活を体験しています。

出典:LIFULL ArchiTech のプレスリリース(2025年1月29日、PR TIMES)

建物が地震や風に耐えるかは、物理の「力のつり合い」と数学の計算で決まります。円柱の壁と円すいの屋根の家を考えるには、中学の空間図形がそのまま要ります。熱を通しにくい材料の話は、理科の熱の単元です。中学生のうちは、数学の図形と関数、理科の力と熱から逃げないこと。

もう1つ大事なのは、身の回りをよく見ることです。北川先生のヒントは、カバンの中のダウンジャケットでした。「なぜこれはこうなっているんだろう」と考えるくせが、新しい建築につながります。

塾長 小池

小学生の「来週建ててよ」が、日本建築学会賞の研究になりました。困っている人の声を、数学と理科で形にする。それが建築です。

まとめ

夜の自分の部屋で、ノートに円柱と円すいの家の図を描きながら、解けそうになってワクワクする館山中の男子。「近道は図形と力と熱」の文字。
  • 北川研究室は、名古屋工業大学の建築の研究室。災害で家をなくした人に、早く・安く・丈夫で快適な家を届ける研究をしている
  • 代表作のインスタントハウスは、空気でふくらませて内側に断熱材を吹きつける家。3〜4時間で建ち、震度6強でもくずれない
  • きっかけは、東日本大震災の避難所で小学生に言われた「来週建ててよ」。ヒントはダウンジャケット
  • 能登半島地震では屋外用約178棟・屋内用約1050棟を届け、2026年に日本建築学会賞を受けた
  • 入る道は、名工大の建築・デザイン分野、高専からの編入、大学院の建築・デザインプログラム
  • 近づく勉強は、数学の図形、理科の力と熱

この記事を書いた人

小池哲平のアバター 小池哲平 ランゲージ・ラボラトリー塾長

ランゲージ・ラボラトリー塾長、東進衛星予備校 館山校オーナー。安房郡白浜町(今の南房総市白浜町)に生まれ、白浜中から安房高校へ。高2で学年82人中81位まで落ちたところから、浪人して慶應義塾大学経済学部に合格しました。リクルートで4年働いたあと2011年に1993年開校の塾を先代から引き継ぎ、2015年から館山で小中学生を教えています。2026年卒の中学3年生は30名中8名が学年1位。志学館高校のSS特待には3年続けて合格者を出しています(2024年4名・2025年5名・2026年6名)。東進館山校は2026年の共通テストで平均+218.4点(千葉県内1位)。館山・南房総の高校入試を、塾で見てきた事実と数字で書いています。
塾長のプロフィール ランゲージ・ラボラトリーについて

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