野崎研(慶應義塾大学):触った感覚を遠くへ送る「リアルハプティクス」のロボットの研究室

研究室で、ブルーベリーをそっとつまむロボットの指と、それを動かす手元の操作装置の前で、あごに手を当てて考えこむ、センター分けで紺のカーディガンの男子大学生。「慶應義塾大学の野崎研」「さわった感覚を遠くへ送る」「ブルーベリーもつぶさない」の文字。

ランゲージ・ラボラトリーの小池です。

目をつぶって、机の上の卵をつかんでみてください。割らずにつかめます。指が卵に触れた瞬間と、どれくらいの力で押しているかが、手に伝わってくるからです。

ロボットは、この「手に伝わる感覚」を持っていません。だから力の加減ができず、やわらかい物をつぶしてしまいます。その感覚をロボットに持たせ、さらに遠くにいる人の手にまで送り届けようとしているのが、慶應義塾大学 理工学部の野崎研究室です。

これまでに紹介したJSKはロボットの「体」を作る研究室でした。野崎研は、ロボットに「さわった感じ」を持たせる研究室です。

ガラス張りの円い形をした背の高い大学の建物を、木の横から見上げている
慶應義塾大学 理工学部のある矢上キャンパス(横浜市)の創想館(2011年)
写真:あいうえお/CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)
目次

ひとことで言うと、何の研究?

大学の研究室で、手元の操作装置を指で押しながら、離れた台のロボットの指がスポンジを押すのを見て、やわらかさに目を丸くする茶髪ボブの女子大学生。「触った硬さが手に返る」の文字。

野崎研の研究をひとことで言うと、ロボットが触ったものの硬さ・柔らかさを、人の手に返す研究です。この技術を「リアルハプティクス」と呼びます。ハプティクスは「さわる感覚の技術」という意味です。

しくみは、2台の装置を電気の信号でつなぐことです。人が手元の装置を動かすと、離れた所のロボットが同じように動きます。ロボットが何かに当たると、その押し返す力が手元の装置に戻ってきます。スポンジならポヨンとやわらかく、金属のかたまりならカツンと硬く感じます。

スマートフォンの「ブルッ」とふるえる振動も、さわる感覚の技術の1つです。でも、振動だけでは物をつかめません。野崎研が扱うのは、物を押したり、つかんだりするときの力そのものです。

台の上にペンのような持ち手がアームでつながった、手ごたえを返す装置
ペン先を動かすと、画面の中の物にさわった手ごたえが手に返ってくる装置(2022年)。野崎研の装置ではない
写真:ApLundell/CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)
研究のテーマ中学生向けに言うと
接触力の制御人とぶつかっても、人を傷つけないように力を加減するロボット
医療用ロボット狭い所で細かい手術を助ける、遠くから動かすロボット
歯科ドリルの制御歯の治療で骨を削るとき、突き抜けそうになったら自動で止まるドリル
AIによる動作づくり人の動きを手本に、ロボットが自分で動き方を作る
電気で飛ぶ乗り物プロペラを使わず、電気の力で浮く「空飛ぶクルマ」

出典:慶應義塾大学 理工学部 システムデザイン工学科 野崎研究室「Research」(nozaki-lab.jp)。中学生向けの言い方は小池が言い換えた

野崎先生は、この感覚を「第3の感覚」と呼んでいます。映像(目)と音(耳)は、もうインターネットで送ったり、録画したりできます。次は、手の動きと力加減を送ったり、記録したりする時代が来る、という考えです。

出典:Business Insider Japan「『触覚のデジタル化』で建設現場を変える。大林組も注目、慶大准教授開発の『リアルハプティクス』がすごい。」(2025年11月14日)、慶應義塾公式 YouTube「ヒトとロボットとをつなぐ技術」(2024年7月25日の講演)

動画で見る

まずは、慶應義塾の公式チャンネルにある研究室の紹介です(2分)。研究室のモットーは「大学に思い出を、世界に足跡を」。終わりのほうで、ロボットがやさしい動きを見せます。

次は、野崎先生本人の講演です(18分)。少し長いですが、いちばんおすすめです。触覚があるロボットハンドはブルーベリーをつかめるのに、触覚を切るとつぶしてしまう。その比べる映像から始まり、義手、建設機械、手術、トンネル工事へと話が広がります。イラストではなく、実際に動いている映像で見せてくれます。

3本目は、慶應義塾大学のハプティクス研究センターが作った、両腕のロボットの動画です(3分)。操作する人はカメラの映像を見ながら、ロボットの両腕を動かします。コップに水を注ぐなど、力の加減がいる作業に挑みます。

動画:慶應義塾 Keio University(YouTube 公式チャンネル)、慶應義塾大学 新川崎先端研究教育連携スクエア(YouTube 公式チャンネル)

体の「できない」を越えるロボット

家のダイニングで、右腕につけた白いロボットの義手でポテトチップスを1枚割らずにつまみ上げ、満面の笑顔になる大人の男性。「ポテトチップスも割らずに運ぶ」の文字。

野崎先生は講演で、この技術を使えば人の体の限界を越えられると話しています。例を4つ挙げます。

手がなくても、ポテトチップスを運べる

右手のない人に、野崎研が作った義手ぎしゅを使ってもらいました。義手は足の親指で動かします。すると、練習なしの1回目から、ポテトチップスを割らずに運べました。

これまでの電気で動く義手は、およそ300万円もするのに、つかんだ感覚が返ってきません。だから力が入りすぎて、ポテトチップスを割ってしまいます。力が手に返ってくるかどうかで、できることがまったく変わります。

力を何千倍にも、動きを何分の1にも

2台の装置は、同じ大きさで動かす必要がありません。土木工事で使う大きな油圧の機械では、操作する人の力を2000倍にして伝える実験をしました。逆に手術では、手の動きを小さくして伝えることで、10円玉の厚みもない細い血管を縫い合わせることに成功しました。

遠くの職人の手を、ここに

左官(壁をコテで平らにぬる職人の仕事)の動きを、東日本と西日本の間で、ふつうの通信の回線を使って送ることにも成功しています。

宇宙ステーションの中で、目に装置をつけた宇宙飛行士が両腕を動かし、手前の金色の頭の人型ロボットを操っている
国際宇宙ステーションで、人型ロボット「ロボノート2」を遠くから動かす宇宙飛行士(NASA・2013年)
写真:NASA/Public domain(Wikimedia Commons)

記録した動きを、何度でも

動きと力加減は、データとして記録できます。ナットを外す動きを記録して速く再生すると、ロボット1台で十数人分の作業ができる、と先生は話しています。

出典:Business Insider Japan(2025年11月14日)、慶應義塾公式 YouTube「ヒトとロボットとをつなぐ技術」(2024年7月25日の講演)。義手の値段は講演での先生の説明

研究室から生まれたもの

トンネル工事の現場の外に置いた操作室で、画面に映るトンネルの奥のロボットを見ながら、手元の操作装置を握って歯を食いしばる作業服の男性。「トンネルの外から火薬をつめる」の文字。

野崎研の技術がいちばん大きく使われているのが、山を掘ってトンネルを作る工事です。

トンネルは、山の岩に穴をあけ、火薬を詰めて爆破しながら少しずつ掘り進めます。いちばん奥の掘っている面を切羽きりはと呼びます。切羽では、上から岩が落ちてくることがあります。火薬を穴に詰める装填そうてんの作業は、これまで人が切羽のすぐ下に立ち、手の感覚を頼りにやってきました。危険な作業です。

そこで野崎研と建設会社の大林組は、トンネルの外から火薬を詰めるロボットを作りました。ロボットが穴の壁に当たった感触や、火薬を押し込むときの手ごたえが、離れた所で操作する人の手に返ってきます。

年月できごと
2023年9月大林組と野崎准教授らが「自動火薬装填システム」を開発
2024年12月長野県のトンネル工事で、切羽から320m離れたトンネルの外から火薬を詰め、爆破に成功。カメラで穴を見つけて自動で押し込むことにも成功
2026年1月切羽の下で5人でしていた作業を、切羽から50m離れた場所から1人でできるようにした(山梨県の国道20号のトンネル工事)

出典:NEDO・慶應義塾大学・大林組「『自動火薬装填システム』でトンネル切羽発破に成功」(2024年12月2日)、大林組「力触覚技術『リアルハプティクス®』を応用し、切羽直下での火薬装填作業無人化を実現」(2026年1月20日)

トンネルの外から火薬を詰めて爆破するまでを、ニュースの形で見せる動画です(7分)。操作する人の手元のリモコンと、トンネルの奥のロボットが、同じように動くようすが分かります。

大林組とは、建設機械にもこの技術を使っています。手袋のような装置で大きな機械を動かし、つかんだ物の手ごたえを手元で感じる動画です(3分)。

動画:慶應義塾大学 新川崎先端研究教育連携スクエア(YouTube 公式チャンネル)。トンネルの動画は NEDO・慶應義塾大学・大林組のプレスリリースの動画

ほかにも、果物を選ぶ機械の会社と、傷んだ果物をつぶさずに選び分ける機械を作っています。

出典:慶應義塾大学 理工学部「究理図解」野崎貴裕 専任講師(当時)のインタビュー

どんな人が研究しているか

夜の自習室で、参考書を広げたまま、疲れた顔で窓の外の街の明かりを見つめる私服の男子。机のすみに小さなロボットのおもちゃ。「遠回りしても好きは見つかる」の文字。

研究室を率いているのは、野崎 貴裕(のざき たかひろ)准教授じゅんきょうじゅです。

子どものころはドラえもんが好きで、物理が得意でした。一浪して、制御工学(機械を思いどおりに動かす学問)の強い大学を調べて慶應に入りました。4年生で研究室を選ぶとき、子どものころの「ロボットをやりたい」という気持ちを思い出し、リアルハプティクスを生んだ大西公平先生の研究室に入りました。

年経歴
2014年慶應義塾大学の大学院で博士(工学)を取る。そのあと1年間、横浜国立大学で電気の使い方(パワーエレクトロニクス)を学ぶ
2015年慶應義塾大学 理工学部 システムデザイン工学科の助教
2018年専任講師
2019〜2021年アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)で客員研究員
2022年准教授

出典:慶應義塾大学 研究者情報データベース(K-RIS)、慶應義塾大学 理工学部「究理図解」

研究室には、准教授1人、特任助教4人、研究員1人のほか、博士課程11人、修士課程10人、学部4年生5人がいます。電気、機械、AIと、学生が自分の興味でテーマを選べる研究室です。

出典:野崎研究室「Members」「FAQ」(nozaki-lab.jp。人数は2025年度の表記)

塾長 小池

野崎先生は「中高時代は学校をサボることもあった」と話しています。大事なのは、大学で「これをやりたい」を見つけたときに、それを追いかけられる力をつけておくことです。

この研究室に入るには

大学の明るい廊下に並ぶ5つの色ちがいのドアを、パンフレットを胸に抱えてワクワクしながら見比べる大学1年生の女子。「2年生で学科を選ぶ」の文字。

慶應の理工学部は、入試のときに学科ではなく「学門がくもん」を選びます。学門は5つ(A〜E)あり、2年生に上がるときに学科を決めます。野崎研のあるシステムデザイン工学科へは、学門B(電気・情報)か学門D(機械・システム)から進めます。

道流れ
慶應の理工学部に入る学門BかDで入学 → 2年生でシステムデザイン工学科に進む → 4年生で研究室に入る
ほかの学門から学門A・C・Eで入学しても、各学科およそ5人まで、1年生の成績と書類で学門を越えて学科を選べる
ほかの大学から(大学院から)ほかの大学の理系の学部を卒業する → 慶應義塾大学大学院 理工学研究科 総合デザイン工学専攻の修士課程の入試に受かる

出典:慶應義塾大学 理工学部「学びの流れ(学門制)」、慶應義塾大学大学院 理工学研究科「入学試験要項(2026年9月・2027年4月入学)」と教員リスト(2026年4月1日現在)

学科を決めるときは本人の希望が優先され、第1希望の学科に進む人は85〜90%です。ただし、希望が多すぎる学科は1年生の成績で決まります。1年生の勉強から手を抜けません。

大学院の入試では、教員リストの中から指導を受けたい先生を選び、出願の前に相談します。野崎研は「受験の前に研究室の見学が必須」としています。研究室は、大学院からもう一度選び直せます。

卒業生・修了生は、JR東海、日本製鉄、キヤノン、ソニー、オリンパス、本田技術研究所、川崎重工業、富士フイルム、東芝、セガなどに進んでいます。

出典:慶應義塾大学 理工学部「学びの流れ」、野崎研究室「FAQ」

慶應そのものは慶應義塾大学の紹介に、理系の学部の選び方は理学部・工学部・情報学部ってどんな学部?にまとめました。

中高生のうちにできること

夜の自分の部屋の机で、グラフの問題と電池と豆電球の回路の図が描かれたノートに向かい、眉を寄せて食らいつく制服の中学生の男子。「関数と電気から逃げない」の文字。

慶應義塾大学は、高校生向けのオープンキャンパスを毎年開いています。2026年は「講義編」(6月7日・日吉キャンパス、学部の説明と模擬講義)と「学生生活編」(8月4日・5日・三田キャンパス、在学生との懇談会)でした。どちらも事前に申し込みます。2027年の日程はまだ出ていません。

出典:慶應義塾大学「オープンキャンパス」(keio.ac.jp)。理工学部の矢上キャンパスでの研究室見学の案内は、公式ページに載っていない

野崎研の研究には、電気・機械・プログラムの3つがそろっています。ロボットの力の計算は、中学の比例と一次関数、高校の三角比・ベクトル・微分でできています。モーターを動かすのは電気で、中学理科の電流と電圧、力のつり合いが入口です。そして論文と学会発表は英語です。研究室の学生は、2025年から2026年だけでも、スペイン・韓国・カナダの国際学会で英語で発表しています。

出典:野崎研究室「News」(nozaki-lab.jp。IECON 2025・SAMCON 2026・AMC 2026・ECCE 2026)

中学生のうちは、数学の関数と、理科の電気・力の単元から逃げないこと。これがいちばん野崎研に近づく勉強です。

まとめ

大学の公開イベントの展示で、ロボットの指が卵をそっと持ち上げるのを見て、うれしそうにほほえむ紺のブレザーの女子高校生。「さわる感覚を送る時代へ」の文字。
  • 野崎研は、慶應義塾大学 理工学部 システムデザイン工学科の研究室。ロボットが触ったものの硬さ・柔らかさを人の手に返す「リアルハプティクス」を研究している
  • 力が返ってくると、ブルーベリーをつぶさずにつかめ、ポテトチップスを割らずに運べる
  • 力を2000倍にする、動きを小さくして手術をする、遠くの職人の動きを送る、動きを記録して何度も使う
  • 大林組と、トンネルの外から火薬を詰めるロボットを作り、5人の危険な作業を離れた場所の1人でできるようにした
  • 入る道は、慶應の理工学部(学門BかD → システムデザイン工学科)か、大学院から
  • 近づく勉強は、数学・理科(電気と力)・英語

この記事を書いた人

小池哲平のアバター 小池哲平 ランゲージ・ラボラトリー塾長

ランゲージ・ラボラトリー塾長、東進衛星予備校 館山校オーナー。安房郡白浜町(今の南房総市白浜町)に生まれ、白浜中から安房高校へ。高2で学年82人中81位まで落ちたところから、浪人して慶應義塾大学経済学部に合格しました。リクルートで4年働いたあと2011年に1993年開校の塾を先代から引き継ぎ、2015年から館山で小中学生を教えています。2026年卒の中学3年生は30名中8名が学年1位。志学館高校のSS特待には3年続けて合格者を出しています(2024年4名・2025年5名・2026年6名)。東進館山校は2026年の共通テストで平均+218.4点(千葉県内1位)。館山・南房総の高校入試を、塾で見てきた事実と数字で書いています。
塾長のプロフィール ランゲージ・ラボラトリーについて

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