田中研(慶應義塾大学SFC):使い終わったボトルがオリンピックの表彰台に、植物のプラスチックが万博のいすに。3Dプリンターで「まちの家具」をつくる研究室

大学の工房で、カラフルなまだら模様の小さなベンチの模型を胸の前で持ち、目を輝かせて身を乗り出す女子大学生。「ごみだったプラスチックで」「まちの家具を3Dプリンターで」「建築学科でなくても」の文字。

2021年の東京オリンピック・パラリンピック(東京2020大会)。メダルをもらった選手が立った表彰台は、全国で集めた、シャンプーや洗剤などの使い終わったプラスチック容器から作られていました。その表彰台を3Dプリンターでどう作るかの設計と製造をまとめたのが(量産は京都の会社エス.ラボ)、慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)の田中浩也先生の研究室です。

2025年の大阪・関西万博では、田中先生たちと大学・企業が組んだチームが、日本館の中で「いす」を作る3Dプリンターを展示しました。おもしろいのは、ここが建築学科ではなく、環境情報学部だということです。今回は、ものづくりや建築に興味があるけれど建築学科以外の道も知りたい人、ごみやリサイクルの問題が気になっている人に読んでほしい記事です。

目次

ひとことで言うと、何の研究?

家の台所で、空になった洗剤のボトルを手に持ち、首をかしげて見つめる館山中の女子。「ごみで終わり?」の文字。

田中研究室の研究をひとことで言うと、捨てられるはずのプラスチックを、3Dプリンターでベンチやいすなど長く使える「まちの家具」に作り変え、それを町の仕組みにする研究です。

言葉中学生向けに言うと
3Dプリンターコンピュータで作った立体の設計図どおりに、溶かした材料を少しずつ積み重ねて形を作る機械
デジタルファブリケーション3Dプリンターなど、データで動く機械を使ったものづくり
アップサイクルごみを、元より価値の高い、長く使えるものに作り変えること
バイオプラスチック石油ではなく、植物などから作るプラスチック

出典:慶應義塾大学 SFCニュース(2021年7月26日)、慶應義塾大学 プレスリリース(2025年4月4日)。中学生向けの言い方は坂本が言い換えた

田中先生は、自分たちのリサイクルを「リープサイクル」と呼んでいます。捨てられるものを、ただ元に戻すのではなく、前より価値が高く、長く使えるものに作り変えるという考え方です。

使い終わったボトルが、表彰台になった

図解。使い終わったボトルを集め、細かくくだいて材料にし、3Dプリンターでパネルを作り、表彰台にする流れ。「使い終わったボトルが、表彰台に」の文字。

東京2020大会の表彰台は、全国のスーパーやドラッグストア約2,000店と、113の学校などで集めた、使い終わったプラスチックの容器から作られました。集まった量は24.5トン。表彰台プロジェクトに協力したP&Gジャパンは「オリンピック、パラリンピック史上初となる、市民参画型のリサイクル表彰台」と発表しています。

表彰台づくり数字
集めたプラスチック24.5トン(2019年6月〜2020年3月)
集めた場所約2,000店のスーパー・ドラッグストアなど、113の学校、企業・団体
3Dプリンターで作ったパネル約7,000枚(約20日間で)
完成した表彰台98台

出典:P&Gジャパン「みんなの表彰台プロジェクト」発表(2021年6月)、慶應義塾大学 SFCニュース(2021年7月26日)、MONOist「3Dプリンタだから実現できた東京五輪表彰台プロジェクトとその先【後編】」(2021年8月)

表彰台のデザインは、大会エンブレムを作った美術家の野老朝雄さんです。田中研究室は、それを3Dプリンターでどう作るかの設計と製造をまとめる役でした。プロジェクト全体の進行は、研究室の卒業生が担当しました。

坂本

「ボトルを集めてください」ではなく「表彰台を作るので集めてください」。先にゴールを見せる呼びかけ方がとても大事だと、田中先生は話しています。

出典:MONOist「国産巨大3Dプリンタとリサイクルシステムを一体化、『鎌倉発』の最先端ラボ公開」(2022年6月)

部屋ほどの3Dプリンターで、ベンチを約24時間で

大学のキャンパスの芝生で、背の高いらせん形のカラフルなベンチの表面に手を当て、模様をじっと観察する男子大学生。

3Dプリンターと聞くと、机の上に乗る小さな機械を思い浮かべる人が多いと思います。2021年、京都の会社エス.ラボが、横3m・奥行き3m・高さ3mまでの物を作れる大きな3Dプリンターを作りました。開発名は「茶室」。部屋ひとつ分の大きさです。

この「茶室」と、リサイクルしたプラスチックを使って、エス.ラボ、田中先生が代表をつとめるSFCの研究所のラボ、デザインの会社の3者で、大きなベンチを作りました。

ベンチ中身
大きさ高さ2.8m・幅1.2m・奥行き1.1m(縦に起こした状態で造形)
作った時間およそ24時間
材料リサイクルしたプラスチック
確かめたことSFCに仮に置いて、大人4人くらいが座っても大丈夫な強さ

出典:MONOist「3×3×3mの超大型造形が可能な3Dプリンタでリサイクルプラ製ベンチを製作」(2021年7月)

役割は分かれていて、SFCのラボは材料の検証と試しの造形を担当しました。機械を作る会社、形をデザインする会社、材料を確かめる大学。一つのベンチに、いろいろな専門の人が関わっています。

鎌倉の駅の近くに「リサイクルの工房」

2022年には、田中先生たちが、JR鎌倉駅から歩いて5分ほどの場所に「リサイクリエーション 慶應鎌倉ラボ」を開きました。慶應義塾大学、鎌倉市、企業がいっしょに進める計画で、リーダーが田中先生です。中には、縦・横・高さとも1mまでの物を作れる3Dプリンターと、プラスチックを細かくくだく機械などが並びます。

市民が使い終わったプラスチックを入れる回収箱「しげんポスト」も、3Dプリンターで作りました。集めたプラスチックで、公園のベンチや遊具など「まちのアイテム」を作ることを目指し、市民からアイデアを集めることにしました(2022年時点)。

出典:MONOist「国産巨大3Dプリンタとリサイクルシステムを一体化、『鎌倉発』の最先端ラボ公開」(2022年6月)

動画で見る

研究室の考え方はこの記事の文章で。動画では、万博の日本館で動いていた2台のロボットアームの3Dプリンター(1本目、ショート動画)と、植物由来の樹脂で光るベンチを大きな3Dプリンターで作る様子(2本目、企業と研究室の共同制作で、本文のベンチとは別のもの)を見られます。

動画:慶應義塾 Keio University「EXPO 2025 大阪・関西万博 日本館ファクトリーエリア常設展示「双鶴(そうかく)」」

動画:COI-NEXT リスペクトでつながる「共生アップサイクル社会」共創拠点「Durahotal – 3D Printing」

万博では、2台のロボットアームが「いす」を作った

大学の工房で、大小2台のロボットアームが緑の植物由来プラスチックでいすを積み上げるのを、安全柵の外のノートパソコンの横から真剣に見守る女子大学院生。

2025年の大阪・関西万博。日本館は、館内を1周すると「ごみ → 水 → 素材 → もの」と、ものが循環する流れが分かるように作られていました。田中先生は、最後の「素材 → もの」を見せる「ファクトリーエリア」の展示を担当しました。

展示の中心は、大小2台のロボットアーム型の3Dプリンターです。2台が協力して動く様子が鶴の親子のように見えたことから、「双鶴そうかく」と名づけられました。

双鶴と、そこで作ったいす中身
材料藻(も)のなかまを混ぜた、植物から作るプラスチック
作ったもの日本館の中に置く「いす(スツール)」。開幕までに約50脚を置き、だれでも座れた
使わなくなったら3つの部品に分けてくだき、また3Dプリンターの材料にできる
展示した日数会期の184日間すべて

出典:慶應義塾大学 プレスリリース(2025年4月4日)、三田評論オンライン 田中浩也「未来の循環工場(サーキュラーファクトリー)へ向けて」(2025年5月)

いすの全体の設計は田中先生、細かい設計は田中先生がセンター長をつとめる研究センターの特任講師、材料と色の調整はSFC研究所の所員が担当し、約1年かけて完成させました。

万博のあとも続いている

万博が終わった今は、「双鶴」を移動できる車の形にする開発を進めていて、海外の研究者や企業との連携も考えているそうです(2026年4月時点)。2026年6月には、田中先生がリーダーをつとめる研究プロジェクト「リスペクトでつながる『共生アップサイクル社会』共創拠点」が、町のごみ処理施設の将来の計画を考えるための、対話できるAIのシミュレーターを企業と共同で公開しました。ものづくりから、町のごみの仕組みそのものへと研究が広がっています。

出典:慶應義塾 Keio Times「慶應義塾と大阪・関西万博」(2026年4月24日)、慶應義塾大学 SFCニュース(2026年6月1日)

この研究室に入るには

田中先生がいるのは、慶應義塾大学の環境情報学部です。キャンパスは神奈川県藤沢市の湘南藤沢キャンパス(SFC)です。

大学学部偏差値
慶應義塾大学環境情報学部67.5
慶應義塾大学総合政策学部67.5

出典:河合塾「2027年度入試難易予想ランキング表」。偏差値は河合塾のボーダー偏差値

SFCの授業は、学年ごとに決まったコースがありません。必要な科目を、必要なときに自分で選びます。研究の中心になる「研究会」(ほかの大学のゼミにあたるもの)には、本人の力しだいで1年生から参加できます。さらに、環境情報学部と総合政策学部のどちらに入っても、両方の学部の授業と研究会をとれます。

出典:慶應義塾大学 総合政策学部/環境情報学部「SFCの特徴」

建築学科でなくても、ものづくりと建築ができる

ふつう、建物や家具を作る研究をしたいなら、工学部の建築学科を考えると思います。でも田中研究室は、環境情報学部の中で、3Dプリンターでベンチやいすを作り、町の仕組みまで考えています。実は田中先生自身も、学部は京都大学の総合人間学部で、建築学科ではありませんでした(大学院で建築のコンピュータ設計を研究しています)。

「何学科か」より「何を作りたいか」で研究室を選べる。それがSFCの特徴です。

入試の科目も独特

入試科目
一般選抜①英語 ②数学 ③英語と数学 ④情報と数学 の4つから1つを選ぶ(200点)+ 小論文(200点)
AO入試出願書類と、2次選考の面接(環境情報学部・総合政策学部とも、4月・9月入学の合計で150人)

出典:慶應義塾大学「2027年度一般選抜 試験教科・科目」、「総合政策学部・環境情報学部 AO入試」

国語や理科の試験がなく、数学だけ、英語だけでも受けられるのが大きな特徴です。そのかわり、どの方式でも小論文が同じ200点あります。くわしい範囲や配点は、必ずその年の募集要項で確かめてください。

中高生のうちにできること

夜の自分の部屋で、牛乳パックや段ボールで作りかけのいすの模型を前に、ペンを握って眉を寄せる安房高の男子。

家のプラスチックごみを、1週間ながめる

1週間、家で出たプラスチックのごみを分けて、数えてみてください。シャンプーのボトル、食品のトレー、お菓子の袋。「これを集めたら、何が作れるか」を考えるのが、田中先生の研究の入口です。

SFCのオープンキャンパスに行く

2026年のSFCのオープンキャンパスは、11月22日(日)・23日(月・祝)に、湘南藤沢キャンパスで開かれます。SFCの研究発表(ORF)やオープンキャンパスなどをまとめた催し「SFC万学博覧会2026」の一つで、参加方法(事前登録の有無など)は公式サイトで確かめてください。田中研究室が展示を出すかは、当日のプログラムで確かめてください。

出典:慶應義塾大学 総合政策学部/環境情報学部「イベント・オープンキャンパス」

数学と英語、そして「書く力」

一般選抜は、数学か英語(または情報と数学)と小論文です。学校の数学と英語をしっかり固めながら、新聞やニュースを読んで「自分ならどうするか」を書く練習を始めておくと、小論文にもAO入試にもつながります。田中先生の本『SFを実現する 3Dプリンタの想像力』(講談社現代新書、2014年)も、高校生なら読めます。

まとめ

夕方の館山の海辺の公園で、木のベンチの横に立ち、海を見ながら小さくほほえむ志学館高の男子。
  • 田中研究室は、捨てられるはずのプラスチックを3Dプリンターで長く使える「まちの家具」に作り変え、町の仕組みにする研究室
  • 東京2020大会では、24.5トンの使い終わった容器から作った表彰台98台の、3Dプリンターでの設計と製造をまとめた
  • 大阪・関西万博では、2台のロボットアームの3Dプリンター「双鶴」で、植物から作るプラスチックのいすを作った
  • 入口は慶應義塾大学 環境情報学部(偏差値67.5)。建築学科でなくても、ものづくりと建築の研究ができる。入試は数学か英語(または情報と数学)と小論文

東進館山校 坂本

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